背後の悪魔

 嵐山くんのお願いを受け入れてから数日。私の姿はボーダーにあった。本当なら学校から嵐山くんと一緒に行く予定だったけれど、そうならなくて良かったと思う。

 ここに来るまでの間、何人かの出待ちを見た。そのほとんどが嵐山くん目当て。ボーダーってそういう機関だっけ? と首を傾げたが、広報部隊ともなればそういう目線を向ける人も出てくるのだろう。それが、ある種ボーダー広報としての役割でもあるのだと思いながらその横を通り過ぎた。

 今思えば、その横を嵐山くんと共に通っていたら……と少しだけ冷や汗を掻きながら指定されたロビーで嵐山くんを待つ。

「誰か待ちっスか?」
「えっ」
「見かけない顔なんで。誰か尋ねてかと」

 初めて来るボーダー。あっという間に建設された機関の中。そこは立派な程に整備されていて、至る所に目線を這わせていた私を見かねてか、もさもさな髪の毛を浮かばせた男の子が声をかけてきた。

「あ、えっと……嵐山くんを、」
「嵐山さんっスか? もしかして、出待ち「じゃない」ですよね」

 そう言って少し笑う男の子は少しだけ隙間を開けて私の隣に腰掛ける。一体誰だろ、このイケメンくん。見たことはないけど、もしかして嵐山隊の人? この子なら広報部隊でもいけそうだ。

「嵐山さんなら急な門発生でお昼から出ずっぱりだったですよ」
「あ、うん。知ってる。同じクラスだから」
「そうなんスね。あ、じゃあ学校の資料届けに?」
「ううん、それも違う」

 暇だからなのか、声をかけてしまったからなのか、男の子は私に質問を重ね続ける。私も、嵐山くんが来るまでは暇なので、それに付き合っていくつかの会話を交わすことにした。






「えっ烏丸くんもあのスーパー行くんだ?」
「はい。あそこ、日替わりで色んな商品が安くなるんで、重宝してるんです」
「だよねぇ! 分かる。あ、これ。今週のチラシ、良かったら」
「良いんですか。あざす。じゃあ代わりといってはアレですけど」
「わ、いいの? ありがとう。ここもよく行く場所だから、割引券はありがたい」

 数分の間で、イケメンくんが烏丸くんといって、3つ年下で私と同じように節約生活を営んでいることを知る。決して裕福ではない私は、彼に仲間意識を感じてスーパーの情報交換で盛り上がった。まさかここでスーパー友達が出来るとは。しかもこんなイケメンくん。

「みょうじさん」
「あ、」
「待たせてしまってすまない」
「ううん、平気」

 わいわいと盛り上がっていた所で待っていた人物が顔を覗かせた。「嵐山さん、遅かったっスね」と言う烏丸くんの声に「あぁ。隊長業務が長引いてしまって。みょうじさんの相手をしてくれてありがとな、京介」と労いの言葉をかける嵐山くん。隊服を着てる所、初めて生で見た。なんだか、本当に“ボーダーの顔”って感じがする。

「じゃあみょうじさんまた」
「うん。じゃあね、烏丸くん」

 私たちを見送る烏丸くんに手を振っていると、「京介と仲良くなったんだな」と隣を歩く嵐山くんから尋ねられる。……仲良く、まぁ。友達、にはなれたのかも。

「そうだね」
「……そうか」

 私の言葉を受けた嵐山くんの声は、彼の上げた口角からは似つかわしくない声色だった。




- ナノ -