プリズム

 選択授業では書道か美術を選べた。本当は書道が良かったけど、希望者が多くてくじ引きになった。そして私はそのくじ引きで見事ハズレを引き当てた。

「では、隣の人の似顔絵を描いてみましょう」
「……ということはみょうじさんか。よろしく頼む!」

 絵を描くのは嫌いじゃない。むしろ好き。だけど、美術には嵐山くんが居るから嫌だったんだ。くるりと後ろを向いて私と向き合う嵐山くんは今日も眩しい笑みを浮かべている。

 3人掛けのテーブルが横に3つ。それが2セットの計18人席。それぞれがペアを組んでいった時、必ず1人余る。それは端に座っている人で。必然的にあぶれた私と、嵐山くん。勝手に判断を下して、後ろを向いているけど、それで本当に合ってるの? もしかしたら違う指示が「余りの1人は前後でペアを組むように」……隊長の判断は正しいってことか。

 椅子を近付けて距離を縮めてくる嵐山くん。今日も凛と澄んでるなぁ。この空気感が、ひどく居心地の悪いものを呼び寄せる。あの日、大嫌いと泣き叫んだ人物が今こうして目の前に居ることも。その人物が私を真っ直ぐと見据えていることも。何もかもがムズムズする。私とは真逆の人生を歩む嵐山くんは、もの凄く幸せなんだろう。

「嵐山くんってさ、」
「ん?」

 カリカリと擦られていた鉛筆の音が止む。代わりに私の手元が忙しなく動き、視線をそちらに向けながら「家族仲、良いでしょ」と言葉を吐く。きっとそうだ。そうじゃないと、あの日のあの言葉は出もしない。

「! あぁ! 妹と弟が居るんだが、可愛いぞ! 今日も朝から元気に部活に行っていたし、アイツらもそんなに大きくなったのかって思うと俺、泣きそうになったんだ」

 ほらね、やっぱり。家族の話をしだした嵐山くんから、より一層の明るさが放たれた。さっきまで真剣な顔してたのに、今は嬉々とした表情を浮かべているから。せっかく描いた似顔絵、やり直しじゃん。

「みょうじさんは……あ、」

 情報量の多い会話を少しだけ受け流していると、流れがぱたりと止んだ。そしてトーンダウンした声で「す、すまない……」と顔と共に沈ませてゆく。

「……別に」
「そ、そのっ、悪気があった訳じゃないんだ」
「……知ってる」
「……本当に、ごめん」

 真剣な顔するか、笑うか、悲しそうな顔するか。どれかにしてくれないかな。ラフ画をゴシゴシと消してゆく。嵐山くんを表すのなら、いっそのことこの真っ白な状態が1番良いんじゃないかな。
 
 嵐山くんが美術を選んだのは、書道を希望する人が多かったから。1人でも多くの人が望むものを手に出来るように。そういう自己犠牲の精神を持った人が、無闇に人を傷付けることなんてしない。そんなの、とっくの前から気付いてる。

「良いよ、怒ってない」
「ほ、本当か?」
「うん。ほんと」

 何故だか、嵐山くんにまで暗い顔をして欲しくないと思った。その本心を素直に晒してみると、彼は「良かった……!」と心底ホッとした顔で笑う。……嵐山くんは、やっぱり眩しい。

 ちょっとだけ、迅くんの言っている言葉がストンと胸に落ちた。




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