はじまる青春の見守り人

 クラス委員だからなのか、それとも嵐山くんの性格からなのか。多分、そのどちらともからなのだろう。嵐山くんはどれだけ私が冷たい態度を取っても、他の人と変わらない親切を渡してきた。

「俺が上の方を消そう」
「……大丈夫だから」
「ぴょんぴょん跳ねるのか?」
「……そう」
「効率悪くないか?」
「……お願いします」

 数ヶ月もすれば、嵐山くんもこんな風に言い返して私を負かすことも出てきた。片割れの日直は机ですぴすぴ寝ているというのに。嵐山くんはいち早く黒板に駆け寄って、相手の居ない黒板消しと手を取り合う。
 上の方って言ったのに、結局半分以上の陣地を綺麗にしている嵐山くん。そんなに張り切って、疲れないのかな。

「ごほっ、うっちょ、ちょっとみょうじさん〜」
「あ、ごめん。居たんだ」
「嘘でしょ。それはさすがに嘘でしょ」
「まぁね」

 クリーナーを使わず、わざとに外に向かって黒板消しの粉を飛ばしたのは呑気に眠っている迅くんの為だ。私をなじっているけれど、本当ならあの陣地は迅くんが綺麗しないといけなかったのだ。迅くんがちゃんとすれば、私は嵐山くんと話さずに済んだのに。そういう恨みを込めた私からのプレゼント。

「良かったね。次の授業までに起きれて」
「げほっ、う゛ん、ありがとう……次は俺が消すからっ」

 涙を浮かべながら手で空気を払う迅くん。こんなだらしのない彼も、一応ボーダーの一員。本当なら苦手意識を持つべき相手なんだけど、どうしてか彼にはその意識が浮かばない。

「今日の天気は晴れやかだねぇ」
「そうみたいだね」
「……あの日の雨が嘘みたいだ」
「……」

 晴れやかな日差しを受けて笑う迅くんからは、陰りが見える。そういう、彼の纏う暗い空気が落ち着くからだろうか。私にはやっぱりこの晴れ渡った空よりも、じめっとした重たい空気のがお似合いなんだ。

「おい迅。本当ならお前がやらないといけない仕事なんだぞ」
「おーごめん。嵐山。代わりにやってくれて助かるよ」
「助かるよ、じゃないだろ」
「はーい」

 黒板の前に居た嵐山くんが迅くんを叱り、ようやく重たい腰をあげた迅くん。私も迅くんとのお喋りにかまけて止めていた両手を再び打ち付け合う。晴れ渡った空に散っていく粉は、なんだか私みたいだ。

「……嵐山ってさ、眩しいよね」
「へっ?」
「あれだけしっかりした人間を前にすると、時々自分が嫌になるよ」
「……」

 私の横に立った迅くんを見上げ、言葉の続きを待つ。私と、似たような感覚を持つ迅くんがその先をなんと続けるのか、もの凄く気になった。

「でもさ」
「でも?」

 促すように被せた私の声に、迅くんは柔らかく笑って「そういう感情も、アイツの手にかかればなくなっちゃうよな」と私に尋ねるような口調で言葉を結んだ。

「知る訳ないじゃん」

 私は、そんな感情になるほど嵐山くんのそばに居ないし。居れないんだよ。ちょっとだけ仲間意識みたいな感情を抱いていた迅くんに、なんだか先を越されたような気がして少しだけ寂しかった。

 私には、今の天気が晴れてるのかなんて分からない。




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