スポットライトを嫌う女
なるべく近付かないようにしていても、不可抗力に近いものは確かに存在する。
「数学のノート、ある?」
「ん? 提出は昼休みじゃなかったか?」
そうなんだけどね。先生が昼休みにチェック済ませたいから、提出のタイミング早めたいんだって。……という返事は心の中だけに留めておいた。嵐山くんにはこんな軽口叩けない。自分の中に勝手にしこりを作ってしまっているから。
「ありがとう」
「みょうじさん」
嵐山くんの問いにまともに返しもせず、足早に立ち去ろうとすると呼び止めを喰らってしまう。さすがにそれすらも無視するわけにもいかず、立ち止まって目線だけを寄越す。そういう反抗的な私の目線すらも真っ直ぐに受け止めてしまえる嵐山くんが、私はやっぱり苦手だ。
「俺も手伝おう」
「え、」
「1人で運ぶのは大変だろう」
「いや別にそうでもない」
「いいや。大変だ。ドアの開け閉めとか」
「……え」
嵐山くんは私のこと、数グラム×30冊程度の重さも抱えられない人間だと思ってるんだろうか。ドアの開け閉めくらい片手でノートを持てば苦にもならない。だから、そんな風に容易く優しさを持ち掛けないで欲しい。
「別にそれくらい平気」
「いやでも……」
「ドアだって私1人でどうにか出来る」
「え、あ、」
ドアまで足早に歩いて、僅かに空いた隙間に足を突っ込みそのまま横へとキック。そうすればドアは少し乱暴に動いて道を開けてくれる。ほら。私にだってそれくらいの自立出来るんだよ。だから、お願いだから私まで気にかけないで。
「うっわ、乱暴」
「普通に頼ればよくない?」
「嵐山くん、気にしなくていいからね?」
廊下を歩く背に、クラスの女子の声が突き刺さる。それらの反応のが正しいものであることは分かっている。だけど、数年捏ね続けたこの黒い塊はそう簡単に私の中から立ち去ってはくれない。
「みょうじさん」
「……、」
「万が一があるといけないから」
「万が一ってなに」
「えっと……ノートが落ちる、とか?」
「なにそれ」
「……す、すまない」
真っ暗な闇にずぶずぶと足を進めていると、後ろから凛とした声が届き、足元の闇を払った。この人が近くに居ると、空気が一気に澄んだものになるから、居心地が悪くてしょうがない。大体、ノートを落としても1人でどうにか出来る。ずっと、そうやって生きていたんだし。
「じゃあこれ」
「あ、え」
困った様に視線を泳がす嵐山くんを見てられなくて。ぽいっと彼の掌に乗せたのは、1番最後に回収した嵐山くんのノート1冊。そこに視線を集中させた後、ぱっと顔を上げて私を見つめる嵐山くんの顔はまたしても戸惑ったもので。私が出来る最大限の譲歩だから、もうそれ以上は近寄らないで。お願い。
「じゃあ」
「なっ……!」
私の願いを容易く無視して、私の手荷物と自身の手荷物を無理矢理交換する嵐山くん。
「俺がノートを落としてしまった時、みょうじさんに拾うのを手伝って欲しいんだが」
嵐山くんのお願い事を断るなんて出来る訳もなくて。私は仕方なく嵐山くんの背中を追うことにした。……やっぱり、嵐山くんは眩しい。