初夏へのプレリュード

「みょうじさんも来てたのか」
「……うん」
「珍しいな。みょうじさんがこうしてクラスの集まりに顔を出すのは」
「……それ、私のセリフだと思う」

 か細い声で抗議すると、嵐山くんは「それもそうだな」と爽やかに笑う。それが、どれだけの時間が経とうとも変わらないものだってあることを証明しているかのようで。

 毎日が真っ暗になった日から数年。いくつかの季節が巡ったけれど、私の世界はまだくすんで見える。





 ボーダーは瞬く間に三門市に根を生やし、三門市民の中心に位置する存在へと成長を遂げた。今ではボーダーが居ないとここでの生活は保障されないと言ってもいいくらい。

 家族を失った私は、ボーダーの支援を受けることになった。諦めかけていた高校にも行けることになったし、ボーダーのおかげでまともな生活が送れるようになった。
 
――恨んだ相手に生かされている。皮肉なもんだと思ったし、自分を惨めだと思ったこともある。だけど、生きていく上で背に腹はかえられなくて。

 隊員の多くが属する提携校に入学した私は、そこで色んなボーダー隊員と出会った。中には私と同じような体験をしてなお、その身をボーダーに捧げ、戦うことを選んだ逞しい人も居た。そして、その中にはあの日睨み続けたイケメン――嵐山くんも居た。

 彼は入学当初から“あの”嵐山くんとして人気者だった。みんなの期待を一身に背負ってなお、凛々しく逞しく振舞う嵐山くんは私には眩しすぎた。嵐山くんだけは真っ黒な世界でも輝いて見えたし、彼を見るとあの日の苦しさが思い起こされるから。視界に入らないよう、入れないように必死に彼を避けて過ごし続けた高校生活。その最後の年で私と嵐山くんは同じクラスになってしまった。

「みょうじなまえさん。これから1年間よろしく」

 学生生活ですんなり決まった試しがない学級委員決め。バイトに遅れるし早く終わればいいのに、と他人事のように鬱蒼としていた時、「俺やります」と立候補したのは嵐山隊が広報部隊に選ばれたと騒がれていた時期と同じ頃だった。

 嵐山くんの、人の上に立ちたいとかじゃなく、人を支援したいと心から願ってそうな所に胸がずくずくと痛んだ。だから、嵐山くんから笑顔を向けられた時、私はどう返せば良いか分からなくて。
 ふいっと顔を逸らして逃げた私を、嵐山くんの戸惑う視線が追う。それでも構わず歩みを進める私の顔は酷く歪んでいたと思う。

 恨めるような相手じゃないことなんてとうの昔に気付いているのに。そこに縋らないと生きていけない自分が、恥ずかしかった。

 




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