過去のおはなし

 ゴウンと軋む白い枝。その先で揺られ眺めるは、あの日と変わらぬ夕陽。ねぇ、嵐山くん。私、“私なら大丈夫”と告げたあの日の言葉が嘘にならないように、頑張って生きてきたよ。それは嵐山くんもだよね。

「ちゃんと、戻って来てくれてありがとう」
「あぁ。約束は守る為にするんだからな」

 そう言ってはにかむ顔はどこか嬉しそうで。感情が顔にすぐ出ちゃう所、変わってないな。嵐山くんの可愛らしい部分が久し振りに見れて嬉しい。

「伝えたいこと、なんだが」
「あ、うん。何?」

 ぎゅう、と力が込められた嵐山くんの掌。そこに視線を飛ばすと、「テレビは、見てくれただろうか?」と尋ねる声が顔へと視線を誘導させる。

「テレビ……?」
「今日、生放送に出たんだ」
「あぁ。そういえば出てたね。途中までは見たよ」
「そうか、途中か……」

 掌を脱力させて少し残念そうな、ホッとしたかのような顔になる嵐山くん。何か、重要なことを言ったのだろうか。それこそ、記者会見で話した遠征のこととか……?

「ニュースとかも……見てない、よな」
「えっ、ニュースにもなってるの?」

 その言葉に本格的に遠征に関わることだと焦り、慌てて携帯を開くと「いや、いい。ここで直接言うよ」と止められてしまった。

「え、何……遠征メンバーに選ばれたとか……?」
「遠征? あぁ。それはまだ分からないんだ」
「じゃあ他に……何?」
「ははっ。みょうじさんの中で俺は、ボーダー漬けのようだな」
「ち、違うの」

 だってそうでしょ。そうじゃないと、あの日私はフられてないじゃん。……ねぇ、嵐山くん。私ビビリだから、先に切り出しても良いかな。

「好きな人出来た……?」

 こくり、と嵐山くんは首をゆっくり縦に振る。それを見た私の心臓はドクンと大きな音を立てて鼓動しだす。……そっか。それは……「お、おめでと、う」だけど。どうしてそんなことをわざわざ私に。

「り、律儀だなぁ、嵐山くんは」
「そうだろうか」
「そ、そうだよっ。半年以上前に告白した相手にそんなことを言う為にわざわざ?」
「今日のみょうじさんは察しが悪いな」
「っ、」

 もう自惚れたくなくて。願う気持ちを必死で抑え込もうとしているのに。嵐山くんはその数パーセントを見つけ出して手を差し伸べてくる。

「ずっと、忘れられなかった」
「う、うそだ、」
「なんの実績もないままみょうじさんの気持ちを受け入れたとして、本当にみょうじさんを悲しませない活動が出来るか。その自信がなかった」
「……っ、」

 唇を噛んでも溢れ出す涙を一生懸命拭うけれど追い付かない。ごしごしと目元を擦る私の指を大きくて温かい手が掴まえる。久々に味わうその温かさはまた1つ、どうしようもないほどの気持ちを呼び寄せるから。言葉に出来ない代わりに涙となって零れてゆく。

「この前あった大規模侵攻。それを乗り越え、俺はこうしてみょうじさんのもとに帰って来れた。約束を守れた今ならきちんと言える」

 溢れ出る涙を拭ってくれた指先が、私の掌へと戻ってくる。それをしっかりと掴まえ前を見つめると、そこには眩しいほどの笑みを浮かべた嵐山くんの姿。……私の世界はもう、くすんですらいない。

「みょうじなまえさん。俺はあなたのことが大好きです」

 その凛と澄んだ声が嫌いだった。何もかもを吹き飛ばすその真っ直ぐさも。どれだけ嫌っても、決して見捨てなかったその優しさも。ぜんぶ、ぜんぶ。

「……私も。嵐山くんが大好きです」

 でもね、それは過去形なんだよ。私は、あなたが――




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