グリッターは
知っている

 大学生の時に持っていたふわふわとした感覚。この先のことはその時になって考えれば良い。まだ今は焦るような時期じゃない。なんとかなる。――この楽観した気持ちが学生ならではの特有のモノ、いわば特権のようなモノであったことを、今の私は知っている。
 社会人、23歳。見る人が見れば、今でもじゅうぶん若いといって貰える年齢。だけど、見方1つ変えれば“もう”23なのだ。

 家庭を持ち、子を持ち、立派に育てている友人も居れば、具体的な夢を抱いてその実現に向けてひたすらに仕事をこなす人だって居る。私の周りに居る23歳は多様だ。もっとも、私と同じようになんとなく就職して、なんとなく働いて、気が付けば1年経っていた――という人だって居る。私は、そういう自分に焦りを感じた。本当にこのままで良いのだろうか? と。そういう焦りが、今日という日を招いたのだ。



「気合い、入れ過ぎた……?」

 友梨に送って貰ったマップ地図を頼りに歩く道のり。春の陽気が思ったより強く、照りつける日差しを見上げ思わず逃げた道端。店のディスプレイの反射に自分の姿を見つけ、思わず立ち止まってしまう。花柄のプリーツスカートにシフォンブラウス。髪はゆるめに巻いて、後ろで束ねて後れ毛をゆるっと出して。耳たぶにピンクゴールドのチェーンをちらつかせ、ヒールとショルダーバックもピアスに合わせてゴールドのチェーンにした。
 数ヶ月前まではこういう“ザ・デート”といったコーデもよくしていたけれど、果たして今日という日はこの装いに相応しいのだろうか。もうちょっとカジュアルにしても良かったんじゃないか。

「アイシャドウ、やり直したい……」

 不安に駆られ、誰にも見られていないことを確認して起動したインカメ。そこに映る自分の瞳は、差し込む太陽光によって乗せられたグリッターが反射している。淡いピンクが場違いのようにキラめき、それがまた気持ちをどんよりとさせる。……普段使いしているヤツにすれば良かった。私以外の人はどれくらいの服装で来るんだろう。訊いておけば良かった、と今更な後悔が胸をつく。

―なまえ、今更うじうじしたってムダだからね

 ホーム画面に戻り、溜息を吐いた所で胸中を見透かしたかのようなメッセージが友梨から届いた。続くメッセージには、“なまえは難しく考え過ぎるから、もうなにも考えないこと”とも。何もかもお見通しなのだと溜息にも似た笑いが零れた。

 たかが合コン1つで、こんなにも難しく考え込む私をその合コンに誘った人物。友梨とは職場で出会った同僚だけど、今では何でも話せる頼れる友人でもある。数ヶ月前に当時付き合っていた彼氏にフラれ、自分の年齢と置かれた状況に焦っていた私を見かねて、今回のことを計画してくれたのだ。

 ラインの文面から浮かんでくる友梨のカラっとした笑顔を思い出し、気を取り直す。……今日の合コンは友梨が私の為に計画して、集めてくれた人たちだ。合コンなんて生まれて初めてだけど、もしかしたらそこに私の運命の人が居るかもしれない。そしたら、私の人生も何か変わるかもしれない。

「……よし」

 大袈裟な励ましを施し、ヒールを前へと踏み出す。時刻は12時25分。約束の集合時間までまだ30分はある。恐らく1番乗りだな、と思いながら歩みを進めた5分後。辿り着いた店内で、案内されたテーブルには既に1人の男性が座っていた。私みたいに落ち着かなくて、早めに到着してしまったのだろうか。 

「こんにちは」
「こんにちは!」

 恐る恐る声をかけた私を見つめた男性は、目が合うなり口角を上げてよく通る声で挨拶を返してくれた。自信に満ち溢れてそうな人なのに、この場所に1番乗りだなんて。ちょっと変だな、なんて思いながら「みょうじなまえです」と名乗ると、彼も同じように「澤村大地です」と名乗り返してくれた。

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