捻くれ者たち

 雇われて数週間が経った。ホークスの言った通り、私の出番は街中にはなく、主に書類整理を行っている。……というか。この書類の山、えげつなくないか? 人気ヒーローだからっていうのもモチロンあるんだろうけど。全国各地を巡っては、人並み以上の仕事を捌くホークスは持ち帰ってくる報告書も人並み以上だ。

「ブラックだ……」
「なァに言ってんですか。ウチより上の事務所なんてもっと忙しいんですよ?」
「にしてもどうして私にばっかり……」
「だから。百聞は一見に如かずです。聞くよりやるが早い」
「みんながみんなホークスみたいに速くなんてなれないんですぅ〜……」

 パトロールに出ていたホークスは戻ってくるなりまた新たな報告案件を持ち帰ってくる。連絡を受けて私が開けておいた窓から戻り、ソファに座っているホークスの手には既に湯呑みが握られている。それを飲んだらまた別の案件へと飛び立つらしい。

「いやァ。本当はこんなに動きたくないんですがね」
「ブラックの代名詞のアナタが何を」
「うわっ、それ地味に嫌ですね」
「“ヒーローとして暇な日々を送りたい”でしたっけ?」
「おっ。見てくれたんですか、こないだのインタビュー」
「“楽したい”とかどうしてそういうこと言いますかね」
「ハハ。本音です」

 一緒に働いていたらそれが本音だってことは分かる。ただ、言い方がマズい。もっとオブラートに包めば良いのに。まぁそんなまどろこしいことはしないのだろう。なんてたって彼は“ホークス”なのだから。

「さて。俺はそろそろ」
「程ほどに」
「わお、なまえさんからそんな気遣いの言葉が出るなんて」
「じゃあくたばるまでどうぞ」

 慇懃な笑みで湯飲みを受け取ると、ホークスは口角を上げて私の笑みを受け止める。ちょっとでも彼を心配した私がバカだったといつも思わされる。本当は、冗談抜きに心配してしまう程の労働をしているハズなのに。ホークスは絶妙にそれをさせない。さすがプロヒーロー。

「なまえさんに心配して貰わなくても、自分のペースは自分で調整できるんで」
「あー、さいですか! それはシツレイシャーシタ!」
「休みたい時にはきちんと休みますので」
「ハイハイハイハイ!」
「そういう訳なのでなまえさん、」
「ハイハイ行った行ったァ!」

 桟に乗っているホークスの背中をぐいぐい押しても、ホークスは羽ばたかずにそのまま会話を続ける。今は何を言われてもムカツク自信があるから耳は貸さない。さっさと行ってくれ。そして出来ることなら報告書ではなくお土産を持ち帰ってくれ。

「今度の日曜日、歓迎会をしましょう」
「ハイハイハ……は?」
「うぉっ」
「あ」

 思わぬ言葉を言われたせいで、ホークスを押すのを止めてしまった。そのせいで事務所側に体重を傾けていたホークスはそのまま事務所の中に転げ落ちてしまう。

「アイタタ」
「あ、ごめん。つい」
「それは嬉しくて、ってこと?」
「いや……まぁ、そう、やね」

 ホークスの事務所は大手だ。たくさんの人が所属する事務所で、私なんかが入った所で歓迎なんてされないと思っていた。だけど、ホークスは歓迎の意を表して歓迎会をしようと言ってくれた。それは嬉しいことに違いない。

「みんなも是非って言ってくれてるし。どうですか?」
「お酒が美味しい所がよか」
「任せて下さい。いい焼き鳥屋を知っています」
「ほんと!? 焼き鳥屋は商店街の中にあったお店が好きやったとに、なくなったけん寂しかったとよ」
「そうですか。それは良かった。じゃあ俺のこと、そろそろ起こしてくれます?」
「あっ、ごめん」

 そこでようやくホークスが床に倒れたままなのを思い出す。というか剛翼なら自力で起き上がれるでしょうが。

「はいどうも。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。……気を付けて」
「はは。ドーモ」

 だけど、それを言わないで素直に起こしてあげたのも、“気を付けて”を付け加えたのも全部。ホークスに感謝する気持ちからだ。




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