たまには合わせてよ

 後日。救急車で運ばれはしたものの、私もホークスも大事には至らなかった。ホークスなんて翌日には退院してヒーロー活動を行っていた。……あの人はそういう所でさえ速すぎる。

 かく言う私はホークスの命令によって検査入院や個性届けの更新などで1週間の休暇が与えられた。ホークスみたいに1日も開けずに復帰――は無理だけど、正直1週間の休みは長かった。
 お父ちゃんお母ちゃんが新しく住み始めた家に泊まって、商店街の人達と久々に酌み交わすお酒はとても美味しかったし、それなりに楽しい日々を過ごせたとは思う。
 それでも、私の頭の中のどこかには必ずホークス事務所のことがあった。ツクヨミくんときちんとお別れ出来なかったことや、鷹守の注文、それ以外の報告業務、サイドキック達の近況。気になって気になって、早く休みが終われば良いのになんて思ったのは生まれて初めてのことだった。

「なまえちゃん、嬉しそうやねぇ」
「今日からようやく復帰やけんね」
「そうね。頑張りんしゃい」
「うん! 行ってきます!」

 お父ちゃんの言葉に大きな頷きを返し、お世話になった新居を笑顔で飛び出す。――やっと、みんなに、ホークスに会える。足の歩みは急いでいるハズなのに、ふわふわと飛んでいるかのように軽やかだ。



「みょうじなまえ、ただいま帰還しました!」
「おー、お帰りんさい」
「生きて帰ってきたんやねぇ」
「久々見る顔やけん、一瞬誰? っち思うたばい」
「……みなさんお元気そうでなによりです」

 元気な声で事務所に入ると、至る所から茶化しの声が入る。もっと「お帰り!」って感じで出迎えて貰えると思っていたのに。……まぁそれがホークス事務所だ。

「アハハ、冗談。お帰りなまえちゃん」
「……ただいまです!」
「ほんとに大事に至らんでなにより」
「なまえちゃんになんかあったらどうしようっち、みんな心配しとったとよ」
「ご心配、おかけしました」

 おふざけの後には必ずこうして温かい言葉をくれる辺り。“あぁ、帰ってきたんだな”って思う。……あぁ、ホークス事務所だ。懐かしい。

「ホークス、部屋におるよ。挨拶してき」
「珍しいですね。こんな時間に事務所おるとか」
「なまえちゃん復帰の日やけんね」
「そら誰よりも待ち遠しかったに決まっとうくさ」
「えっ、ホークスがですか?」

 サイドキック達の言葉に驚くと、意外にもそこにいたサイドキック全員が首を縦に振った。

「あんなに慌てとるホークス初めて見た」
「あぁ、なまえちゃんが気失った時ね」
「そうそう。こないだもボーっちなまえちゃんの机眺めとったばい」
「誰よりも心配しとったのは、間違いなくホークスやけん。顔見せちゃり」
「……は、はい……」

 みんなの言葉を半信半疑で受け取りながら、ホークスの居るドアをノックしようとしたら「どうぞ」とフライング気味で声がした。

「失礼します……」
「やァなまえさん。体調はどうですか?」
「おかげさまで。あの、こないだはご心配ご迷惑をおかけしてしまって……」
「ほんとですよ、お腹に穴開いたんですからね〜?」
「それはっ! ごめんなさい……」
「あはは。嘘です。なまえさんが死ななくて本当に良かった」

 どうしよう、ホークスが優しい。本音を隠すことなく告げてくるから、うまく直視出来ない。だけど、私の気持ちも同じだから。

「……また会えて嬉しいです」
「ほんとにね」

 そう言って目線を合わせ、自然と笑みが生まれる。あぁ、やっぱりこの空間がなによりも大事だ。

「そういえば、あの女性なんですけどね」
「あっ、公園の?」
「はい。彼女、前にヒーローの救助が遅れたせいで家族を失ったことがあるらしいです」
「……そっか。だからヒーローに恨みがあったんですね」
「えぇ。理由が理由だったので、ヴィランとしてではなく、いち犯罪者という形で警察へ引き渡しました」
「それが良いと思います」

 こないだみたいな騒動を起こすのはいけないことだ。でも、家族を失う辛さは私も分かるから。彼女にはもう1度やり直して欲しいから、ホークスの判断に異議はない。

「家族を失うって、嫌ですよね。人の人生を容易く変えてみせる」
「……確かに。そうですね」

 私の人生も1度どん底まで落ちたからよく分かる。商店街の件は、死者が出なかったからまだ良かったけど、もし誰かが死んでいたら私はもう二度と這い上がれなかったと思う。

「それでも人は、人と繋がろうとする」
「そうやね」
「俺、本当は少しだけ人と深く繋がるの怖いんです」
「え?」

 ホークスの瞳は窓の向こうに広がる翳り1つない青色を捕まえている。その瞳は揺らぐことなく言葉を繋げていく。

「人と触れ合うのは嫌いじゃないですよ。ただ、俺は圧倒的に大事な人を遺す側の人間です」
「……うん」
「でもねなまえさん」

 そこで言葉を切ったホークスは、空に向けていた視線をゆっくり私へと向けた。

「俺は、その怖さを乗り越えてでもアナタと深く関りたい」
「え、」
「俺と結婚してくれませんか」
「…………はい?」

 想像していなかった言葉の繋がりに、時の流れから取り残されてしまった。ポカンと口を開けたままの私を、ホークスは満足げな表情で眺め続けた。




- ナノ -