= I Love You.

「俺、あん時確かにヘコんだよ?でもさ、言ったよね?」

 さっきみたいな恐怖はなくなったと言っても、今の犬飼はいつもよりは怖い。「座って」と指示通り空いた席に腰掛けると、向かい側の席に腰掛けた犬飼は説教するような口調で私に話しかけてくる。

「“それなりの仲間意識”だって。言わなかったっけ?」
「……い、ってた」
「うん。それをどうしたら“恋愛感情”に置き換えるの」
「だって、鳩原さんに接する犬飼はみんなと違ったから」
「だーからー。それは同じ隊に所属してるからでしょ」

 そんなの、どうやって信じれば良いの。そう言って食い下がろうとすると、「元カレの気持ち、今なら分かるんじゃない?」と言われて言葉を紡げなくなってしまう。

「ちなみに、俺はなまえの気持ちが分かるよ。どうして信じてくれないのってね」
「なにそれ」
「あぁ、でも。俺のが切実だよね。だって、本当のこと言ってるんだから」

 もしかして犬飼、結構怒ってる? 盗み見た犬飼の表情は、いつも通りの飄々とした顔つきを張り付けていて、良く分からない。だけど、どこか楽しそうな感情も垣間見える気がする。

「ね、ねぇ……。今、怒ってる?」
「うん。怒ってる。だけど、楽しんでもいるかな」
「うわ、想像通りなんですけど」
「凄いじゃん。なまえもバカじゃないってことだね」
「っ、犬飼って私で楽しんでるよね?」
「うん。だって見てて可愛いから」
「……え? かわ……えっ?」

 想像していなかった言葉に分かり易くたじろぐと、それを受けて犬飼が「ははは」と笑い声をあげてくる。……私、からかわれてる? からかう為にボーダーに行かないの?
 違う。犬飼が意外と真面目なのは分かってる。人を茶化す為に必死に打ち込んでいるボーダーを疎かにすることは有り得ない。

「大体さぁ、オレの態度が違うのはなまえにだってそうだって気が付かなかった?」
「……?」
「なまえだけ下の名前で呼んでるし、こんなに地を出してるのもなまえにだけなんだけど? それに、鳩原ちゃん密航のことなまえにか言ってないし」
「え、ちょっと待って……」
「もっと言うと、なまえが彼氏とうまくいかないの、俺のせいだってことも気付いてる」
「……は?」
「オレ、密航されてヘコんだ姿を見せたのはなまえにだけだから」
「待って。ちょっと待って。……それって……、」
「多分、オレたち。おんなじ気持ちだと思う」
「いやいやいや。おんなじ気持ちってなに?」
「言わないと分からない?」
「……うん。ちゃんと言ってよ」

 おんなじ気持ちだって言われた瞬間、心臓が駆け上がるように脈打ちだす。それが喜びから来る高ぶりだってことは自覚している。
 ずっと前から自覚していた。だけど、それを認めるのが怖くて、ずっと背けてきた。

 だって、認めた所で報われないと思っていたから。――だけど、今。その想いが犬飼によって報われようとしている。

「うーん。やっぱやめとく」
「は?」
「だって、俺。臆病者だから。なまえに“俺のこと本当に好き?”って訊いちゃいそうだから」
「……ほんっと。良い性格してる」
「なまえは嫌い?」

 犬飼からの質問に答えなんて決まりきってるってこと、犬飼は知ってるクセに。知ってて言わせるのは、臆病者に対する私へのお仕置きなのだろう。

「……大好き」
「うん。じゃあ俺も、なまえのこと大好き」

 私たちはずっと、臆病者だった。でもちゃんと向き合えば想いは通じ合うのだ。だったら別に、臆病者でも良いのかもしれないね。

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