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 御幸が告白されるのなんて、日常茶飯事。部活もクラスも同じである倉持と私にとってはそれが常識。というか“御幸一也=モテる”という図式は青道では公式といっても良いくらいだ。

「悪い、好きな人が居るんだ」

 そして、御幸は告白をされた時必ずこの言葉で断りを入れる。だからといって御幸が特別視している女子が居るかと注意深く見てみても、矢が立つ人物は見当たらない。

 これは御幸が告白を断る為に使っている建前なのだろう。それならもっと別の理由を言えば良いのに、と他人事ながらに思う。

「野球に集中したい」とか。そっちの方が相手を傷付けないで済むし、なにより事実なのに。
 そう思いはするが高みの見物を決め込んでいる。他人の恋愛事情に顔を覗かせて良いことなんてありはしない。



「俺と付き合わない?」
「えっと……ごめんなさい、好きな人が居ます」

 そう思っているクセにどうして御幸の告白事情をこうも考えているかというと、実際に自分がその立場に立っているからである。あぁ、御幸はこんな気持ちになりながらこの言葉を言っていたんだなぁと変な感慨に耽りながら。

「そっか……分かった」
「……ありがとう、ごめんね」

 それともう1つ。自分が誰かを振る経験をして分かったことは“嘘を吐くと罪悪感を抱くこと”であった。御幸もこの罪悪感を告白された回数分感じているのかと思うと肩に手を置いて慰めたくなった。それと同時に、やっぱり“野球に集中したい”という本来の理由を告げれば良いのにとも思った。

 御幸は変な部分で生きるのが下手くそなんだと憐みの気持ちに変えながら教室に戻ると、いつものように御幸は教室の片隅に静座していた。その控えめな雰囲気によって数名の生徒は勘違いを起こしているのだ。
 本当は寡黙でもないし、穏やかな性格でもないし、真綿で包んでくれるような優しさだってないのに。御幸に惚れている女子生徒から伝え聞く御幸像は目を見開く程。
倉持とは何度も私達の知らない御幸一也という人物に目を合わせて驚きを分かち合ってきたが、こうして遠くから見てみると勘違いしてしまうのもいくばくかは理解出来る。

「おかえり」
「圧倒的顔面偏差値、なんだろうね」
「は?」

 御幸の隣である自分の席に座るとスコアブックから目を移し、キョトンとした顔をこちらに向けてくる。その整った顔がいけないのだ。眼鏡を取ったら3になるとか、そういう残念さがあれば話は違ってくるかもしれないのに。

「御幸はどこまで行っても苦労人だなぁと思いまして」
「自分がいっちょ前に告白されたから俺の気持ちが分かるってか?」
「あ、知ってたの?」
「うん。呼ばれてんの見てた」
「あー、なるほど」

 スコアブックをぱたりと閉じた御幸は体ごとこちらに向け、会話を優先させる。その態度が珍しいものであったからこちらもギョッとして御幸をまじまじと見つめると「で、うまく断れた?」と質問を重ねてきた。どうして告白を断ったことを知っているのか。その疑問を抱いた時、先程の会話から先読みして解釈したのだと理解する。
 御幸はイケメンで、運動神経抜群で強豪チームの主将というハイスペックぶり。……モテない訳がないのだ。それに加えて頭も中々良い、のに。

「他人の恋愛事情に口出すなんて珍しい」
「そりゃまぁ。俺も年頃ですから」

 それはそうだ。顔見知りの恋愛事情に興味が湧くのはおかしくない。確かに御幸が女の子から呼び出される度に気にはなる。そして同じ口上を述べて断ったことを知る度に なんだ と落胆に似た気持ちを抱く。
 それくらいの確認は顔見知り間ならば行って当然だと腑に落ちた。

「“好きな人が居ます”って御幸の真似して断ったけどさ、これ結構罪悪感エグいんだね。嘘吐くの相手にも申し訳ないし、後ろめたさ半端ない」
「へぇ。そうなんだ」

 共感してくれない御幸に不意打ちを喰らった気分になった。御幸は嘘を吐くことに微塵も心を痛めないということだろうか? だとしたら中々の強心臓の持ち主。……いや、それも有り得る。だって御幸はあの強気なリードをしてみせる青道の正捕手なのだから。その捕手の気持ちを推し量ろうとするのは身に余る行為なのだ。

「やっぱり御幸って恐ろしいわ……」
「なんか、みょうじって俺のこと買い被ってね?」
「いや……もう分かんない。御幸一也 いこーる、アンノウン」
「俺だって告白断んのにも申し訳ないって思うぜ?」
「あ、そうなの?」
「でも、断る理由には罪悪感は持たねぇぞ」
「……すみません、頭の出来が違うようです」

 一瞬見えかけた共感の領域はまたしても閉ざされてしまう。分からない、御幸という男子生徒は得体が知れない。頭にハテナをいくつか浮かべてみせると御幸はフッと力なく笑って小馬鹿にしたような表情を向けてきた。

「馬鹿にすんな」
「してねぇよ。呆れてんだよ」
「それを馬鹿にしてると言うんですが??」
「だーかーらー、おバカななまえちゃんに分かり易く言うとですね? “好きな人が居る”っていうのは嘘じゃなくて本当だからそこに罪悪感は抱きませんってこと」

 あ、ほら馬鹿って言った。という抗議は御幸が続けた言葉によって塞がれてしまった。御幸に本当に好きな人が居る……? それは新事実過ぎる。散々探しまくって見つからなかった相手がどこかに居るだなんて。驚きで二の句が継げなくなった私に御幸は今度こそ呆れかえった様子で頭を掻いている。

「嘘……でしょ?」
「本当だって。じゃないとみょうじの恋愛事情なんて気になんねぇよ」

 その言葉によって私の頭がエラーを起こし、ブラックアウトしてしまったのは言うまでもないこと。




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