青春リスタート

会話が下品です


 電車に揺られ、向かうは松川が目当てにしているショッピングモールのセール。なんでも、狙っている洋服が売り出されているらしい。要するに付き添い。まぁ時間は余しているし、良いのがあれば俺もセールにありつこうと思っている。
 洋服どんなの持ってたっけなと頭の中で自室のクローゼットを思い返している時、松川がスマホから視線を動かさないまま「最近女っ気なくね?」と尋ねてきた。

「んー、まぁ。何つうかそういう気分じゃないっつーか」
「え、意外。そんな気分じゃない気分になんの」
「どういう意味だよ」
「まんまだよ」

 短いスパンで返された言葉を持て余し、返す言葉を探しているうちに松川はスマホの世界に戻ってしまった。
 すぐに返せなかったのは俺が言った言葉が半分以上嘘で、松川が言った言葉は全て真実だからだ。正直言うと物凄くそういう気分だし、なんなら前以上にそういう気分だといっていい。
 最近は女子特有の柔肌に触れていないし、コンスタントに発散していたものが発散されず、己の中に溜まっていくのはまぁまぁなフラストレーションだ。
 勿論、それは誰かと一緒でしか発散出来ない訳ではないしちゃんと自己管理はしている。それでも。1人と2人では色々と違うものだ。それを実感しているからこそ今までの経験がある。

 じゃあ手っ取り早く今までと同じように誰かとすることでしか得られない快感を求めてしまえという話になるんだろうが、そうもいかない理由が出来てしまった。

「付き合ってない相手をオカズにすんのって、ヤバいと思う?」
「別に普通だろ。てか花巻ならオカズにするまでもねぇべ」
「うん、まぁ、そうなんだけど」
「そこら辺上手く見極めて付き合ってたろ?」
「うん。そうなんだけど……なんつーか、」
「なに? 童貞っぽい」
「俺だって分っかんねぇよ!」
「えっイキナリ??」

 みょうじにはどう切り込んだら良いか、分かんねぇんだよ。だって相手はオロナイン司ってんだぜ? とか言った所で松川に通じねぇから1人黙りこむしかない。あぁ、もどかしい。



 買い物を一通り終え、最後に松川が買いたいものがあるからと寄ったドラッグストア。松川を待つ間、店内を彷徨っていると、ケア用品として陳列された棚に一際地味な色味を発する箱を見つけ目を留めた。

「まぁ確かに安いよな」

 箱の中に眠るであろうオロナインはそこら辺のハンドクリームに比べて値段設定は良心的だ。そして保湿効果以外にも様々な効能を謳っている。確かに、コスパは良い。ただ、これを好んで付けようとする女子高生はなかなか居ない。

 やっぱみょうじって中身おばあちゃんなんじゃ? と再びの疑問が沸き起こるが、あの日から目で追っているみょうじは弾けそうなくらいハリのある肌で俺を誘惑してくる。それがここ最近の俺の中で1番性欲を掻き立てているものだ。

 あぁ、駄目だ。オロナインでムラムラしだした。やべぇ。

「オロナイン買うかどうかでそこまで悩んでるヤツ初めて見たわ」
「もっと深い理由だわ」
「オロナインとどんな因縁があんの?」

 話せばぜってぇ笑うだろうから言わねぇ。松川の言葉には応じず、小箱を陳列から1つ攫う。

 ついに買ってしまった。あのオロナインを。



「あ、花巻くんも買ったんだ?」
「なんか目が合って、離せなくなって」
「えっオロナインと?」

 自分のものにしてしまったオロナインを連れて登校し、それを指に塗っていると嬉しそうな声でみょうじが声をかけてくる。オロナインと、つうよりかはそれから連想されたみょうじと、だけど。
 あぁ、クッソ。みょうじとヤりてぇ。でもどう切り込めばいいか分かんねぇ。まじで童貞に戻った気分だ。

「最近花巻くん手荒れ酷くなってるもんね」
「あー、バレーする時間増えたからな」
「そっかぁ。そうだよね、バレー部は強いもんねぇ」
「うん、まぁ」

 ヤる相手が居なくて単純に時間と性欲を持て余してるからとは言えなかった。言ったら一発アウトだし。
明確な理由は言えないが、みょうじに対しては言葉を選ばねばという義務感すら抱いている。正直、どう接したらいいのか分からなくてみょうじと話す時は柄にもなく挙動不審になっていると思う。こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしすぎて死ねる。特に及川には死んでも見られたくない。

 そういう周りの目も気になってみょうじとの会話はいつも質素なまま終わってしまう。本当はもっと踏み込んで行きたいのに。
 みょうじは俳優でいえばどんな顔がタイプなのかとか、どういう性格が好きなのかとか、どういう仕草にキュンと来るんだろうとか。そういうみょうじにとってグッとくる物事を知りたい。
 そして、少しでもその理想に近付きたいと思っているのに。それが出来ないもどかしさばかりが募る。しかも、そのもどかしさを発散する術も知らない。一体どうすれば良いんだ。

「花巻くんってこうやって話す前はもっとおちゃらけた感じだと思ってた」
「ん?」
「なんかこう……モテます! みたいな?」
「え、なに、それどういう意味?」
「んー、チャラい……感じ?」

 犯人が犯行を暴かれた時のような緊張が張り詰め、心臓が大きく脈打つのが分かった。

 見破られていたのだ。本当の俺を。よりによってみょうじに。

……無理もない。隠そうとすらしていなかったのだから。今はそれを悔やむしかないが、それ以上に今現在、みょうじの目に俺はどう映っているのか、怖いもの知らずながらも知りたい。

「今もそんな感じに見えてんの?」
「最近は、オロナインの塗り甲斐がありそうな手をしてる男子! かな?」
「なんだそれ?」
「だって毎日手荒れしてるから。それだけバレーに打ち込んでるってことだろうし」
「はぁ」
「応援してる! またオロナインが必要になった時は言ってね……ってもう持ってるんだったね」
「……おう。みょうじさんのステマのおかげさまで」
「それは何より。です」

 ふふふんと鼻を鳴らして嬉しそうに、それでいて得意気に笑ってみせるが、誇っているのはオロナインである。

 一瞬、俺はどうしてみょうじのことが好きなんだ? と疑念に駆られたが、それ以上にやっぱ良いなと再認識させられた。
 みょうじと接していると初めて人を好きになって、その人のことで頭がいっぱいになってしまったあの甘酸っぱい日々が頭の片隅で掘り起される。

 とにかく。まずは今ある女の連絡先を全部消して、俺も真っ白な状態で臨まないとオロナインに守られているみょうじの牙城は崩せそうもないようだ。




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