みょうじがこっちに帰ってくるらしい。飲み過ぎで痛む頭を抱えながら昨夜の嶋田の言葉を陳列棚を叩きながらぼんやりと思いだす。
「みょうじなまえ……」
遠い昔、まだ俺が学生だった頃。同じクラスだった女子生徒の名前だ。ただそれだけの関係性だが、みょうじが帰ってくるという事柄は何故か心に引っ掛かる。帰ってきた所でどうしようもないというのに。
「繋心!」
「んあ?」
ぼーっとする頭に外野からハッキリとした声が届き、それによって意識を店先へと戻す。
そこには昨夜顔を合わせたばかりの嶋田と、脳内で浮かべていた女子生徒の大人びた姿があって思わずハタキの動きを止めた。
「みょうじ……か?」
「久しぶりだね、烏養」
「あ、あぁ……」
みょうじはあの頃と変わらない笑い方をする。それなのにみょうじが醸し出す雰囲気は明らかにあの頃と変わった。なんだろう、服装か? 髪の毛か? それとも――逡巡してみるが、田舎に漬かったままの俺の感性じゃどうにも言い表せない。
「ねぇ。烏養のその髪色、どうしたの?」
「これは別に……」
「田舎のヤンキーみたい」
「うるっせぇ」
「アハハ。烏養全然変わってないね」
「お前こそ! その減らず口は相変わらずだな」
「ふふ。懐かしいね」
「あぁ。まぁな」
外見は確かに変わったが、話してみると確かにみょうじなのだと実感する。もう会わないと思っていた人物がこうして数年ぶりに戻って来たことが新鮮で、昨日から抱えるこの感覚はそれによって生み出された違和感なのだろう。
なんにしてもみょうじとこうして言葉を交わすのはやはり懐かしい。元気そうでなによりだ。
「で、本題なんだけど」
「本題?」
感慨にふけっている所で嶋田が話を割り込ませてくる。本題とは? この邂逅には裏があるというのか。疑うような顔で嶋田を見やると、嶋田の目線も俺へと向いていた。
「みょうじのこと、雇ってやってくんね?」
「ハァ? 雇うって、俺がか?」
「そう。お前が、みょうじを」
「いや……は? なんで……つーか、え。お前会社辞めてきたのか?」
「んーん。辞めてない」
正社員として組織に属したことがないから、漠然とした認識ではあるが大抵の企業は副業を認めていないのでは? 疑問を抱くと、それを見越した嶋田がまたしても間に入って補足する。
「雇うっつーか、手伝わせる?」
「?」
その補足でもイマイチ意図が読めず、首を傾げてしまう。とりあえず、意味が分からないので「立ち話もなんだし、まぁ入れよ」と店内へと誘うことにした。雇うとか、手伝うとか。よく分からんねぇけど、とにかく。人事にまつわることらしい。腰を据えて話す必要がありそうだ。