no move but , " i " is there.

 なまえが宮城に帰って来た。何週間かはバタバタと忙しない日々だったが、それもようやく落ち着いて2人で過ごせそうだと思っていたある日の昼下がり。

「これはー?」
「それは要る」
「じゃあコレ」
「それはー……要ら、ねぇ」

 ちょっと遠出して映画館にでも行くかとプランを練っていたのに。どうしてこんな時間になっても俺となまえは俺の部屋に居るのだろうか。――それは全て俺のせいなのである。



「こんにちは!」
「あ、なまえちゃん。いらっしゃい。新しい職場どお?」
「みんな優しい人ばかりで安心しました! さすが地元って感じですね」
「坂ノ下に戻って欲しかったんだけどねぇ」
「いえ、そこまで甘える訳にはいきませんから」

 数時間前、坂ノ下に現れた俺の恋人であるなまえ。そしてなまえを母ちゃんが出迎え、あろうことかそのまま井戸端会議を始めようとした。勘弁してくれ、と慌てて割って入り車のキーと共になまえを攫う。そうしてなまえを引き連れて店を出ようとした俺を「この子ってば昨日夜更けまでバタバタうるさくってねぇ」なんて小言で送り出す母ちゃん。……仕方ねぇだろ。資料を片付ける余裕がねぇんだよ。
 母ちゃんに見えないよう、表情で言葉を返していると隣に居たなまえがそれを見ておかしそうに笑う。額を軽く突いてもそれは崩れもしない。完璧面白がってやがるな、コイツ。……まぁでも、この笑顔が俺の隣にあるのはやっぱり嬉しい。

「うし、じゃあ出るか」
「お願いします! 繋心と遠出するのなんて初めてだよね」
「あぁ。だな」
「デートってカンジがするね」
「は、はぁ!?」

 エンジンをかけ、いざ出発 という場面で爆弾発言をカマすなまえに、車よりも先に俺の体がつんのめってしまった。……デートって。いやまぁデートなんだけれども。今更そう言葉にされるとこっぱずかしくてありゃしねぇ。

「楽しみだなぁ。映画観たいって言ってたけど、何が見たいんだっけ?」
「あぁ。あれだ、最新シリーズが出たヤツ」
「あぁ! 私もちょっと気になってたんだ。……え、でもそれって、確か公開もう終わったんじゃ?」
「……へっ?」

 なまえの言葉に愕然とし、もう1度スマホの画面で映画館のサイトを開き、驚愕の事実を得てしまう。

「……先週で終わって、る……」
「アハハッ! やっぱり〜!」

 スマホを掌から零れ落とし、その手を顔へと運ぶ俺をなまえがケラケラと笑っている。……笑いごとではない。こちらは何日も前から今日という日を待ちわびて、買い替えたばかりのスマホで若者の流行り廃りを検索し、前になまえが観ていると言った映画シリーズの最新作が公開されていることを調べたというのに。それが公開終了しているだなんて。今日の為に今までのシリーズを網羅したというのに――

「……悪い、なまえ」
「いいよ全然。DVD出るだろうし。その時一緒に観ようよ」
「なんか、他に観たい作品あるか!? それを観よう」
「んー……そうだなぁ。観たことないヤツで気になってるのは〜…」

 スマホを渡し、なまえが上映リストを眺めている間に必死にプランの練り直しを図る。なんだったら買い物の時間を長くさせるか? それか水族館に行くとか? それとも――試合中以上に頭をフル回転させていると車外からコンコンと強めのノックが鳴らされ、それに驚いた声をあげながら窓を見ると母ちゃんが“窓を下ろせ”とジェスチャーしている。

「なんだ?」
「アンタ一向に出る気配ないけど大丈夫? もうお昼ご飯出来上がるし、ここで食べてからにしたら?」
「あー……」

 チラリとなまえを見つめる。そのなまえはというと「いいんですか!? 烏養家ご飯がまた食べられるなんて!」と嬉しそうに笑っている。建前でもなさそうだし、一旦腹ごしらえをして出直すか。

 結局、車は1度も動くことなくアイドリングに留まってしまった。――俺らの初デート、一体どうなっちまうんだ。



「だいぶ片付いたね〜」
「だな。……部屋の片付け手伝って貰うことになっちまってごめんな」
「ううん。繋心の育った部屋が見れて楽しいよ」
「変なモン見つけてねぇだろうな?」
「残念ながら」
「へーへー」

 だから“残念ながら”を付けんなっての。心の中でなまえにツッコミを入れてもなまえは鼻歌混じりで楽しそうに作業を続けるばかり。昼メシ食ってるあいだじゅう、ずっと母ちゃんの俺の部屋が汚いという文句を聞かされ、流れで部屋の掃除をすることになったというのに。どうしてこんなに楽しそうなんだろうか。……俺はちゃんとしたデートがしたかった。

「こういうデートも楽しいね」
「デート?」
「うん。自宅デート? というか、繋心と一緒に居ればそれはもうデート」
「そうなのか?」
「うん。そう。私がそうだと思えばそうなの」
「……そうなのか」

 無理矢理だなぁとは思うがそれも言わないでおく。俺もそんな気がしてきたから。それに映画はまた次、2人が観たいと思うものを一緒に観ればいい。なまえは俺の近くに居るんだし。

「あ……これ」
「ん?」

 テキパキと動いていたなまえの手がふと止まる。まさか遠い昔の俺が隠していたエロ本が出てきたとかか? 一抹の焦りを抱えてなまえの手元を覗き込むと、そこには褪せた色を滲ませるちいさな紙切れが収まっていた。

「盗ったの、繋心だったんだ」
「なっ……盗ったとか人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ」
「じゃあ盗ってないの?」
「それはっ、」
「ふふっ、別にいいけどね。もう時効だよ」

 あの日思わずポケットに押し込んだイニシャルは何年もの時を経て再び俺らの前に姿を現した。よりもよって被害者と加害者が一堂に会している場面で。加害者である俺は慌てて弁論しようとするも、被害者であるなまえはそれを一笑に付す。

「これ、実は繋心のことだったんだよね」

 持っていた本たちはバサバサと手元に落ち、足目がけて真っ逆さま。しかし、今は痛みなど感じない。脳みそが驚き以外の感情を届ける余裕がないのだ。――そういえばなまえは前に“ずっと好きだった”と言っていた気がする。まさか、あの頃から? いやでもなまえはその後上野先輩と付き合ったよな? あの日と同じ混乱が再び訪れ表情を保つことすら出来ない。
 なまえは足元に散らばった本を拾いながら俺の感情や表情も整理するように言葉を続ける。

「実は、1年の頃から繋心のこと良いなって思ってたんだ。でもあの時、近くに繋心居たし、本人前にして口に出せるワケないし、アルファベットで誤魔化して申告したら啓介と勘違いされちゃったの」

 それからは勘違いした友達に勝手に上野先輩にアプローチされてしまい、はじめは困惑していたが上野先輩は優しいし、気が利くし、“イケメン”だし――段々と心惹かれだしていった。というのが事の真相らしい。

「それにあの頃の繋心は“バレー命”って感じで、脈ナシだなぁって思っちゃたんだもん」

 足の力が抜け、しゃがみこんで溜息が吐いて出た。そんな俺に合わせるようになまえもしゃがみ込み、少し拗ねた様子でこんなことを言う。……あの頃の俺よ、不器用が過ぎんだろ。そのせいでこんなにも遠回りしちまったじゃねぇか。

「でも、今こうして繋心と想いが通じ合って一緒に過ごせてる。だから、あれはあれでいい思い出だったんだなって思えるよ」

 ね? と首を傾げながら同調を求めるなまえ。なにが ね?  だ。可愛いすぎんだろ。

「……ん? 宮城県オススメ観光スポット?」
「あっ、それはっ」
「んんん〜? 繋心くん、もしや?」
「ばっ、返せっ!」

 やべぇ。ここ最近の愛読書、なまえに見つかちまった。これじゃ俺がデートをめちゃくちゃ心待ちにしてたことがバレちまう……!

「なになに〜? オススメデートコースは――」
「だーっ!! 読むな!」
「さっきからウルサイけど……あら。ごめんなさい」
「……。……ちがっ、母ちゃんちげぇから! そんなんじゃねぇから!」

 よからぬ勘違いをした母ちゃんと、慌てて後を追いかける俺。そしてそれを声をあげて笑うなまえ。なんだこの阿鼻叫喚みてぇな図は。

「キャー、襲われるーっ」
「おまっ! 叫ぶなバカ!」

つうか実家だぞ!? 襲える訳がねぇだろ!……コイツ、ほんっとうに……!

「あ、でも同意の上だったら“襲われる”にはなんないのかな??」
「っ、あのなぁ!」
「アハハ! 繋心顔まっか〜!」

 本当に、愛おしいヤツめ。




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