遅くとも咲けばいい

 昨日、俺たちはIH予選で負けた。その悔しさに浸る余裕もなく俺は道を急いでいた。

「クッソ……帰りの新幹線くらい言っとけよ……!」

 信号に掴まって思わず舌打ちをしてしまう。いや、怒るべき相手は自分自身だ。朝起きて、帰る前に話をしようと思っていた自分が甘かった。
 まさかこんなに早い時間の新幹線に乗るだなんて思ってもいなかった。俺の分析ミスだ。

 最後に見せる顔がやつれた顔なんて嫌だとそらまめ収穫の休みを貰い、普段より長めに眠った朝。頭を掻きながら体を起こし、携帯で時刻確認をすると6:45という表示と共に“新着メールあり”の表示があった。

 “昨日はお疲れ様。選手や烏養たちは悔しいだろうけど、それでも私は最後に烏野の試合が見れて良かった。8時くらいの新幹線で東京に帰るんだけど、烏養は疲れてるだろうからメールで挨拶させて。この1ヶ月、一緒に過ごせて良かった。ありがとう、烏養。また今度会う時はまたお酒でも飲みに行こうね”

 疲れてても電話くらい出るよ。というか変な気遣ってメールで済まそうとかすんじゃねぇよ。最後なんだから声聞かせろよ。
 メールを読み終わると同時にジーンズだけ履き替えドタドタと足音を立てて階段を駆け下り、車のアクセルを思いっきり踏んでみょうじの後の追いかけ今に至る。

 本当にみょうじは宮城に居る間上野先輩とのことをしっかり考えることが出来たのか。今東京に帰ってみょうじは平気なんだろうか。次宮城に帰ってくることは本当にあるのだろうか。

 訊きたいことは山積みのようにある。1ヶ月もあったのに、訊きたいことや言いたいことは言えてないままだ。情けなくて、意気地なしでどうしようもねぇ。だけど、もうそれで立ち止まることはしない。あの時手放した選択を今度はちゃんと手繰り寄せてやる。

「みょうじ!」
「えっ、烏養? なんで……」
「お前、勝手過ぎる! なに黙って帰ろうとしてんだよ!」
「いや、だってメール……」
「メールでハイサヨナラとか寂しいだろうが!」
「へっ」

 辿り着いた駅で電子掲示板に目を這わせ、東京行きの新幹線が来る乗り場を確認してその方向へと走り出せば案の定小さい背中で必死に荷物を運ぶみょうじの姿があった。
 そんだけ荷物あるんだったら俺が送ってやったのに。こういう所で頼るべきなんじゃねぇのかよ。

「だから、追いかけて来てくれたの?」
「……悪ぃかよ」
「ううん、嬉しい。ありがとね。私も最後に烏養の顔見れて良かった」

 コンコースで向かい合うみょうじは帰って来た時と同じように煌びやかな雰囲気を纏っている。だけど、今目の前に居るみょうじは紛れもなく高校時代を一緒に過ごしたあの日のまま。帰って来ると聞いた時はどうしようもないと思ったが、そんなことはなかった。
 あの日々の気持ちを取り戻すことなんてこと、1ヶ月もあれば簡単に出来たし、みょうじに対する想いを再認識することなんて容易いことだった。

――俺はあの時からずっと、みょうじに恋をしていた。

「なぁ、本当に、帰んのか?」
「うん、帰るよ。だって今の私の家はあっちだし」
「……そう、だけど、」

 言いたいことがまとまらなくて、口を開けては閉じてを繰り返す俺にみょうじがふっと力が抜けたように笑う。やっぱいいな、みょうじの笑った顔は。

「私ももっと烏野の試合観たいよ。そばで応援したい。まだここに居たい。……でも、帰らなきゃ」
「その……えっと……なんつーか、」

 どうして俺はこんなに口下手なんだろう。みょうじは素直に気持ちを言葉にしてくれているのに。情けねぇなぁ、全く。ただ一言、気持ちを伝えればそれで良いのに。それをどう伝えれば良いのか肝心な場面で詰まっちまう。

「烏養の意気地なしめ。……帰んなとか言ってくれたら良かったのに――なんてね」

 冗談めいた口調で言ったみょうじの言葉に勢いづく。こみ上げた気持ちが喉元まで来ている。これを言うか? こんな恥ずかしいセリフをここで?――迷ってる場合じゃねぇ。

「もうどこにも行くな! このままずっと、俺のそばにいっろ、くっだ、さい!」
「ぶふっ……え? なんて?」

 人生最大のキメ台詞はかくも虚しき空振りに終わった。意を決して言ったのに噛むか普通? みょうじも瞳に涙浮かべて笑ってやがる。……あぁ、穴があったら入りてぇ。

「……お前が言えっつーから」
「えー。責任転嫁? じゃあ本心じゃないの?」
「そ、それはっ」
「ふふ、ウソウソ。もう十分烏養の気持ちは伝わってる。ありがとう、嬉しいよ」
「おう……」
「でも。東京には帰る」

 あんなダサい告白をみょうじは嬉しそうに大事そうに抱えて笑う。それは肯定と捉えていいハズなのに、結局東京には帰るという。ぱっと顔をあげてみょうじの顔を見つめるとみょうじも同じように俺を見つめていた。

「仕事辞めたり、同棲解消したり――別れ話したりしないとだから」
「っ、」
「で、また戻ってくるから。その時も迎えに来てくれる?」
「アイツらの試合状況による……けど、ぜってぇ来る」
「アハハ。無理はしないで。烏養にとって今1番大事なのはバレーだもんね――って、それは昔からか」
「……悪ぃ」
「謝らなくていいよ。私はそんな烏養がずっと好きだったから」
「……は? ずっと?」
「ふふ。その話はまた今度ね」
「待て。みょうじは俺のこと、好きなのか?」

 俺はみょうじのことが好きだ。ずっと好きだった。が、みょうじも? その言葉に脳が混乱する。だってみょうじは上野先輩のことが好きだったんだろ?

「それは次会った時のお楽しみってことで」
「……絶対帰ってこいよ」
「うん。ちゃんと帰ってくる。……じゃあそろそろ時間だから」
「おう」

 なんとも引っかかる置き土産を残された気がするが、とにかく言いたいことはきちんと言えた。そのことにひとまずの満足を抱え可愛らしい後ろ姿を見送っているとピタリと歩みを止めるみょうじ。

「改めて言ってもいい?」
「ん?」
「だいすき!」
「……それはずりぃだろ」

 ボっと着火した顔を隠す為に手をやると、手のひらの向こうでみょうじがケラケラとあの日と変わらない声で笑っている。そうして、最後までみょうじは笑顔を浮かべて東京へと旅立っていった。






 喫煙室で煙草を吸いながら“新幹線乗ったよ”という報告メールに“気を付けろよ”とカチカチとボタンを打って返事する。あぁ、ダメだ。みょうじに会いてぇ。

 ハタチ過ぎたいい大人が好きな女を思って想いを募らせるなんて……いや、強がんのはもうやめだ。そっちのが格好悪ぃ。みょうじが好きだ。今すぐみょうじに会いたい。

 だからといって後先考えずに行動する程ガキでもねぇ。俺もすべきことをきちんとこなす。
 だからアイツがここに帰ってきた時、遅ればせながらも自覚した想いをちゃんと告げよう。そんで、昔と変わらない笑顔を浮かべるアイツを思いっきり抱き締めてやる。

 “待ってるからな、みょうじ。なるべく早く帰ってこいよ”

 くゆらす煙を辿って見上げた空には、その青に負けないように自分たちの色を主張し続ける新緑の葉たちがいた。




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