「……という訳でずっと木兎のこと避けてました。ごめんなさい」
謝罪を口にして、終わりの言葉を結ぶと木兎の口から大きなため息が零れ出る。
「はー!……俺、みょうじから嫌われてなくて良かったぁ〜!」
「ごめん、木兎……」
「なぁ。訊いてもいーか?」
「ん?」
「俺のこと、好き?」
「……え、今の話、ちゃんと聞いてた?」
静かに聞いてたと思ってたけど、もしかして寝てた……? だとしたら相当有り得ないんですけど!?
驚きから目を剥く私を見て木兎は慌てて「聞いてたぞ! 話はちゃんと聞いてた!」と弁解する。じゃあどうして、という私の目線を受け、木兎は言葉を続ける。
「だって! 俺からしてみればずーっと待ち続けた言葉だぞ!? それを話の流れで聞いただけで満足なんて出来ねぇ! それに俺、ここ最近ずっと辛かったんだからな!」
今度は私が言葉を詰まらせる番。ここ最近木兎が辛かったのは間違いなく私のせいだ。……私も辛かった分、木兎だって辛かっただろう。……もし私が好きな人に――木兎に同じことをされていたら酷く落ち込んだと思う。
「……木兎は、私のこと好き?」
「ああ! 大好き!」
……なのに、木兎はめげずに好きでいてくれる。こんなにも一途に、しょぼくれずに想い続けてくれる相手を、傷付けてしまったなんて。どんだけ罰当たりなことしてしまったんだろうか。……せめて、木兎になにか喜んで貰えることを……。
「……じゃあ、ヤる?」
思いがけない展開に頭が軽くパニックを起こしていたのだと思う。じゃないとこんな言葉、死んでも口から出ないハズだから。
「……へぁ?」
固まる木兎。それ見て自分が言った言葉の意味を理解し、今度は明確にパニックを起こす私の脳みそ。違う違う違うそうじゃない。言いたい言葉はソレじゃない。
「や、あ、あのっ、相手を良いなって思うのは、極論を言ってしまえばヤりたいか、ヤりたくないかみたいなカンジでっ、だからそのっ、極論を言えば私は木兎とヤりたいなって思って……って、あれ? えっ待って。違うそうじゃない。あれ、なんて言えば……」
良く分からない言語を呟いてから固まっていた木兎だけれど、テンパる私を見て逆に落ち着きを取り戻したらしい。「みょうじ落ち着け」と両肩を抑えて私を宥めてくる。
「スーハー。ハイ」
「すぅぅはぁぁぁ」
木兎の真似をしながら呼吸をし、なんとか混乱を落ち着かせる。……木兎に宥められる日が来るなんて。もう、全部予想外。なんなのもうっ。意味分かんない。
「みょうじは俺のこと、好き? 嫌い?」
落ち着いた私にもう1回同じことを口にする木兎。……あ、そうだ。私、木兎に私の気持ちを訊かれてたんだ。好きか嫌いかのクローズドクエスチョンには選ぶ選択肢なんてないに等しい。
「好き。……大好き」
「うん! 俺もちょーすっげぇみょうじのこと好き!!」
うわ眩しい。こんな近距離で笑顔を向けられると目がチカチカする。……でも、凄く居心地が良い。木兎は朝でも昼でも夕方でも夜でも。いつでもきらきら眩しい。キラキラ女子が放つまばゆさなんて比になんないくらい。私はその眩しさが大好きだ。……もう、避けたくなんてない。遠くになんて行って欲しくない。
「ずっと意地張ってゴメン。結構前から私、木兎のこと好きだったみたい」
「俺、みょうじの中でずっと嫌いゾーンに居たんじゃなかったのか?」
「あれ嘘。ずっと前からとっくに好きゾーンのトップに君臨してた」
「て、ことは俺が必死に前進した分、他のヤツ等を突き放してたってことか?」
「ふふ。そうなるね」
「俺ってば天才じゃん!」
「えーっとその理屈はごめん、分かんない」
木兎の理屈の意味の分からなさにケラケラと笑っていると木兎が途端に真面目な顔を浮かべて「なぁ」と問うてくる。その目は先ほどと打って変わって真剣で。あの日、試合で見た目と同じ目をしているから。私も「……な、に?」と真剣な声色で言葉を返す。
「さっきの言葉、本気か?」
「さっき、って?」
「ヤる? ってさっきのヤるは、もちろんセッ「わーーーー嘘! あれも嘘ごめん! 嘘!」
忘れてたー! 私さっき木兎にとんでもないこと言っちゃってたー! やめてお願い忘れて消却! デリート!
「わ、痛てっ! ちょっ、頭叩かないで!」
「わっ!?」
爆弾発言を忘れて欲しくて木兎の頭をポカポカ叩いていると体勢を崩した木兎につられて私も倒れ込んでしまう。……うわ、これって今、私、木兎の腕の中にいるカンジ!? 待って待って心臓の音が耳からする! これ私のじゃない! バクバクどくどくめっちゃウルサイ!
「ごめっ!」
木兎に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ為、慌てて起き上がろうとした私の後頭部を木兎の手が捕まえる。そのまま顔をぐんと近くに寄せられて、過去最高の近距離で木兎の双眼が現れる。……木兎の目、月みたい。太陽みたいな存在のくせに、月まで持ってるなんて欲張りかよ。
「あれも嘘なんだ?」
「うっ」
「みょうじは俺とヤりたくない?」
「……ヤ、ヤりたい……け、けど! 今じゃないから! そんな痴女じゃないから! ちゃんと順番、段階、場所を踏まえないと嫌だ!」
必死に訴える私を木兎の目はどう捉えているのだろう。その明るい瞳には私の真っ赤な顔もちゃんと映ってるのだろうか。あぁもうズルイ。木兎ってば本当にズルイ。なんで私がこんなに恥ずかしい思いしないといけないんだろ。
「うん。知ってる」
「知ってるんならどうして色んな場面で“好き”とか言うの!」
テンパりから逆切れのようにぷんすか怒っていると木兎の体が起き上がって、そのまま私の体の後ろに入り込んでくる。……うわぁ今度は後ろから抱き締めてくるパターンですか。私を殺しにかかってるんですか?
「だって無理じゃん。抑えらんねんぇじゃん」
「は、はぁ!?」
「好きだー! って相手にそれ以外なんて言えば良いか、俺知らねーもん」
「めっちゃ木兎っぽい」
「んだよー。悪いか」
ぎゅーっと締まる木兎の両腕。あ、拗ねてる。しょぼくれとは違う感じだ。
「……ううん。そういうとこ、好き」
「はーやべぇ俺もめっちゃ好き。なぁ、やっぱり今「無理だから」……ハイ」
後ろで萎む声に思わずふふっと笑い声が出てしまう。この大男、可愛いな。
「ちゃんと、もっと段階踏んでから。……ね?」
「うん。頑張る」
私も頑張るよ。一緒に、頑張らせて。
「明日のクラス会、一緒に行かない?」
「でも俺部活終わりに直行だぞ?」
「私が学校に迎えに行くよ。そこから一緒に行こう?」
「良いのか?」
「うん。明日の為に買った洋服、木兎に1番に見て欲しいんだ」
「! 俺も1番に見たい!」
「ねぇ、手繋いでいこっか」
「いーのか!?」
「段階その1、ね」
「オッシャアア! 段階そのいち!!」
雄たけびをあげる木兎を制しつつも私の頬はだらしなく緩む。だって、好きなんだもん。そんな木兎のことが。
ねぇ、木兎。私もっと堂々と木兎のこと好きって言うから。木兎の眩しさにくじけないで隣に居るから。
時々しょぼくれそうになったらその眩しさで私のモヤモヤを追っ払ってよ。