身勝手な嫉妬心

 ある日の休憩時間。今から入りの立川さんと、上がりの森川さん――川ちゃんズと時間が被ってバックヤードでお喋りに花を咲かせていた。

 話題はイケメンについて。やれどの俳優が格好いいだの、やれどのドラマのあの役が格好いいだの。そういう話題は世代を越えて語り合えるものだ。そして、その話題は治へと移ろいだ。

「うちの店長ってさ、本当にイケメンよな」
「分かる。こないだSNSで店長も写ったヤツあげたらめっちゃ反応が良かったで」
「映えってヤツ?」
「あー。そんな感じです」

 川ちゃんズの話題に、なんとなく知っている若者言葉で同意を得る。なるほど。治は映えか。確かに、治の顔面の良さは侑の顔ファンの多さが証明している。

「侑選手もイケメンやけど。店長のが大人な男性、て感じがしてええよな」

 森川さんが言う言葉に内心頭を激しく振りながら同意する。分かる。それ、ぜんぶ分かる。

「ほんまに店長ならアリなんやけど」
「えっ、本気?」
「うん。結構ガチ」

 それまでは2人の話を微笑ましい気持ちで聞けていたけれど、立川さんのその言葉には一抹の不安を抱いた。
 治は今までお店の為に時間を費やしていたし、恋愛どころじゃないって感じだった。……でも、だいぶ軌道に乗って来た今なら? 治にもそういう気持ちがないとはいえない。それにもし、そういう関係性を築こうとしたのならば、やはり若い子のが有利なイメージを抱いてしまう。

「おいなまえ。いつまで休憩しとんねん。給料しょっぴくで」
「あっごめん! 今行く!」
「立川さんも。はよ入ってや」
「はーい」

 気が付けば休憩時間を数分オーバーしており、ムスっとした顔でバックヤードにやってきた治によって警告された。森川さんと別れ、立川さんと2人して慌ててシフトに入る。

「てんちょー! 私のシフト、もっと増やせますか?」
「なに。稼ぎたいんか?」
「まぁ。そんな所です」
「ちょお待って。シフト表見てみる」
「あ、じゃあ私も行きますっ」

 若い子は行動に移すのが早いなぁ、と立川さんを見て素直に羨やむ。自分には選んでもらえる可能性があると、根拠は無くても確固たる自信が垣間見える。別に馬鹿にしてるんじゃない。本気で羨ましいと思う。

 ……いいなぁ。真っすぐに治のことを見つめることが出来て。



 ピークを越した午後、私はイライラしていた。ピークはついさっき終わったというのに。というか、どんなに忙しくても、私がここでイライラすることは滅多にない。それなのに今日は物凄くイライラする。

 お店にやって来るお客さんに偽りの笑みを浮かべつつ、イートインスペースに腰掛ける2人をチラチラと睨む。

「なるほど。それで――」
「えっと、はい。そういう――」

 治が何かを話し、そんな治をちらりと見上げながら楽しそうに頷きペンを走らせる女性。赤いリップとワンレンの黒髪がスーツに似合って華やかさを演出している。……まさに出来る女だ。胸も……大きい。

「凄いなぁ店長。SNSから火ぃ点いて、取材までされとるで」
「ほんまにな」
「女性客、増えるんやろなぁ」
「せやろな」
「あー。それはなんか嫌やなぁ」
「……まぁ、そう言わんと」

 大人ぶってはいるけれど、内心誰よりもそう思っているのはこの私。おにぎり宮の魅力は治の顔だけじゃないのに。そういう広げ方をされるのはちょっぴり悔しい。もちろん、治の店が盛り上がるのは嬉しいことだけれども。それにしても治、タジタジし過ぎ。

「では今回はこれで。おかげでいい記事が書けそうです」
「ほんまですか。それは良かった」
「次はお客として是非」
「それはモチロン! サービスします!」

 頬を少し赤らめて、女性記者のお世辞に嬉しそうにする治。最後までだらしない笑みを浮かべて、店先に出て帽子を脱いでお見送りまでしている。戻って来ても未だに口角を上げたままの治をムっとして出迎える。

「……ああいうんがタイプか」
「ちがっ、俺は別にっ」
「……へぇ」
「別に大人なおねいさんやなって思うただけで……」

 それが綺麗だ、魅力的だと思ったということだ。

「だらしない顔せんといて下さい。店長」
「なっ……なまえ、顔怖い」
「うるさい」
「態度も怖いわ」

 嫉妬する資格もないとは分かってはいる。だけど、治にはそういう目線で誰のことも見て欲しくない。誰にもそういう目線で治を見て欲しくない。

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