アリ地獄

「おにぎり宮です」

 俺が行くと言った治を制し、向かった先は侑の所属先――MSBYブラックジャッカル。プロのバレーボール球団。練習場にしている体育館は侑のようにバレーに愛された人たちで溢れかえっている。

「あー! なまえちゃん! 待ってた!」
「木兎さん。どうもこんばんは」
「はいこんばんは!」
「ちわッス!」
「日向くん! もう板に付いたなぁ」
「あざッス!」

 木兎さんと、今年からブラックジャッカル所属になったあの日向くんが近付いて来た。木兎さんはいつになっても、どこに行っても変わらない。日向くんは高校の時に比べて背が伸びて逞しくなったように思える。

「木兎くんの分はもうあらへんって」
「えー! なんで! ツムツム俺の分は!」
「せやからその両手と口に咥えとう分やって!」
「もっと買って!」
「俺を破産させる気か!」

 2人のやり取りに私と日向くんは吹きだしてしまったが、他のメンバーは飽きているのか呆れ笑い。高校時代は周りを引っ掻き回す側だった侑が、ここでは振り回される役。ちょっとだけスカっとする。
 気楽な感情を抱いていると、みんなに背を向けた侑と目線が合った。……私のお気楽な気持ちはここで終わり。

 肩に力を籠めた私を見抜いてか、そこに手を置いて「ほんなら俺見送ってきます」と顔だけ後ろに向けて言葉を放つ侑。その顔はさっきまでふざけていた顔と同じなのだろう。

「……大丈夫、帰れる」
「そんなこと言わんと。ほら、玄関までやし」
「で、でも……」

 でも、と口籠っている間にも歩みを進めさせられる。侑の勝手さは木兎さんレベルじゃないとどうしようも出来ない。私なんか、抗う術を持たないただのアリだ。



「待って! ちょっ、ほんまにっ」
「なんで? お届けされてるやん」
「それはっ、おにぎり、を……っ」

 どこかも分からない小さな部屋。そこに攫われ耳元で自分勝手な言葉を囁かれる。どうして。なんで。そんな言葉、侑を前には意味を成さない。

「サムが行くて言うん、自分断ってんねやろ?」
「だってそうせんと……っ、」
「そうせんと?」
「侑がっ……あっ、」
「気持ち良くしてくれへん?」
「ちがっ……あっ、」

 口を塞がれ、酸欠状態になった声。それで必死に抗議を並べても侑には届かない。寧ろ余裕の笑みで意地悪な解釈を並べ立てられる。
 キスだけで立てなくなった私を壁に押し付け、シャツをまさぐりホックを外されると本気で慌ててしまう。そんな焦りも侑には届かない。逆に今更なのだと思い知るのは私の方。

「次遠征やねん。しばらく会えへんし」
「知らんっ、……あっ! もっ、やっ、私バイ、トぉ……んっ」
「せやからなまえへのお詫び」
「はっ? なに、ん、」

 グッと胸を潰される。痛みの中に快楽を見つけてしまうのは、この行為が幾度無く重ねられてきた成果。

 治の代わり、出来ひんお詫び――誰がそんなこと頼んだ。誰が侑と治を重ねた。私はそんなことしていない。全部侑が勝手にしていることだ。
 それなのに全てを私に押し付け、私の為と言って所構わず私を抱く。こんな身勝手、誰が許せるものか。

「侑っ! 練習、もどっ……てっ、」
「今休憩中」
「でもっ、やっ……あっ」
「大丈夫。すぐやから」

 すぐ。その直ぐあとに隠された言葉が私には分かる。分かってしまう。身体が、分からせようとする。……悔しい。どうして私はこんな男に感じてしまうのだ。

「……あっ、んぅ……っ、」
「ココ、好きやもんな?」
「〜っ、」

 もう私を抑える必要がなくなって、両手で胸と下半身を弄ってくる侑。ぬめるそこに突っ込まれた指は嫌という程の水音を耳に届ける。それだけでも気持ちは陰るというのに、侑はワザとらしく耳元で言葉を囁く。

 耳を掠める、熱を孕んだその吐息がくすぐったくて気持ち悪い。それなのに私の身体は熱を帯びてゆく。自分の身体が憎くて、愚かであると情けなくなる。そして、劣情を抱えたまま快楽に堕ちてしまう。

「なまえ」
「やっ名前……呼ばんでっ」
「気持ちええよ」
「ふっうっ、うぅ……」

 好きなのは治。侑じゃない。なのにどうして。一気に貫かれたソコは、迫りくる圧迫感と共に絶頂を持たらす。

「なまえ」
「いやっやめて……侑っ、」
「なまえ」

 ぎゅっと目を瞑っても耳は塞げない。届けられる声は目を閉じていると治の顔をも思いださせる。それが悲しくて、悔しくて。何も出来ずに腰を揺さぶられるだけの自分が1番憎い。

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