なんてきれいなブラックホール

「真矢さん、ここんとこずっと1人だね?」
「黒尾さんこそ」

 正臣とデートをする回数が格段に減った。どれだけ正臣のことが好きでも、1度表舞台に立った浮気を見過ごすことはやっぱり出来なくて。ましてや2度も同じことが起こったとなれば、今までと同じようなフリは出来ないでいた。

「彼氏さんとはうまくやってんの?」
「どうして黒尾さんに話さないといけないのよ」

 それでもお酒は飲みたくて、私は1人でバーに足を運んでいる。そして、そこには約束をした訳じゃないのに黒尾さんが居る。前まで1度も見たことがなかった人物は今ではすっかり馴染みの顔だ。

「いやだってホラ。首を突っ込んだ者の宿命っていうか?」
「何それ。結局好奇心ってことじゃない」
「あはは、まぁ飲んで飲んで」

 澤村くんと似てると思ったけれど、黒尾さんを見てみるとどうしてもそうは思えない。それは、彼が得体の知れない人物だからなのだろうか。瞳をじっと見つめてみても、黒尾さんの本音もその真っ黒の瞳の中に包まれていて、何も読み取ることが出来ない。やっぱり、良く分からない人。

「黒尾さんが言った通りだった」
「ほう」
「正臣に免罪符を与えたみたい、私」
「それは……、」
「今度は取引先の人」
「うわお」
「しかも既婚者」
「まじかー」

 ちなみに年上と付け加えると黒尾さんの目線が上へと向く。あ、想像してる。アリかもとか思ってるのならその腕をつねってやるわ。

「真矢さん、そんな目で俺を見ないで。新しい扉開きそうだから」
「……想像以上だったわごめんなさい」
「はは、冗談。いやマジで冗談」

 ジト目を送り続けていると黒尾さんの目線がお酒に落ちる。マティーニはもう空に近い。かくいう私のギムレットも。だいぶん胃に収まっている。だからだろうか。

「バカよね、私って。信じたいと思った結果がこれで、またしてもそんな正臣に別れを告げることが出来ないなんて」
「愛情深いってことじゃね?」
「簡単に言うわね。それは愛情とかじゃなくて、都合の良い女ってことでもあるでしょ」
「そうかぁ?」
「そうよ。しかも自分のイメージを保つ為に必死で傷付いてないフリして。バッカみたい」

 溜め込んでいた本音を、弱い自分を黒尾さんに吐き出してしまうのは、お酒のせいだろうか。……そういうことにしたい。

「でもそれが真矢さんのなりたい像なんだろ? だったらそれをやり遂げてる真矢さんは馬鹿じゃねぇじゃん」
「いっちょ前に傷付いてるのに?」
「信じた相手に浮気かまされてヘコまねぇ方がおかしいって」

 私の吐き出した本音を黒尾さんは優しく受け止める。得体の知れない人物なのに、どうして黒尾さんにはここまで自分をさらけ出せるのか。……得体が知れないからこそ? それとも、黒尾さんの中にある優しさが分かるから?

「でも真矢さんってさ、強くなくていい所まで強くあろうとするもんなぁ」
「どういう意味よ」
「会社は公の場だから仕方ないかもだけど。俺は真矢さんの飲み仲間ですし? 俺には弱い真矢さんを見せても良いデスヨ」
「は? 何よ急に」
「しなやかに受け止めてみせますよ?」
「急に胡散臭くなるの止めて。不気味だから」

 というか黒尾さんこそ。ここ最近ずっと1人だけど。前に1度だけ女性を連れているのを見たことはあるけれど。あれからはずっと1人だ。黒尾さんも顔立ちは整っている方だし、こうやって話す機会が増えた今なら黒尾さんの賢さも知っている。彼はモテる部類だ。そんな彼がこうして1人で居ることにはやっぱり疑問が浮かぶ。前はそういう気分じゃないとはぐらかされたけど。

「黒尾さんも最近ずっと1人ね? 前居た彼女は?」
「あれは、彼女っつーか……飲み友達っつーか……」
「あぁ。お友達ってことね」

 またしてもはぐらかす黒尾さんにピンとくる。なんだ、そういうことね。結局、モテる男は違うってことか。私はそういう関係絶対に嫌だけど、お互いフリー同士なら別に良いんじゃないかしら。黒尾さんの感じからして、彼氏持ちの人とはそういう関係にならなそうだし。

「ばっか、してねぇよ」

 慌てた口調で私の理解を否定する黒尾さん。あら、黒尾さんが慌てる所、初めて見たかも。取り繕われた表面が剥げた口調が可笑しくて、口に手を当てて笑ってしまう。

「してないって……何を?」
「うわお、意地悪いね真矢さん」
「ごめんなさい。黒尾さんなら有り得そうだと思って」
「え。俺のどこを見てそんなチャラ男に見えた訳?」
「私に初めて声をかけた時の感じを見て」
「うわー、根に持ってるー」

 マジで。俺、そういうの苦手だし。と残ったマティーニを飲み干す黒尾さんの目は結構本気だった。……そうね、黒尾さんはそういう所、律儀そうだものね。

「ごめんなさい。お詫びに何か奢るわ」
「悪いと思ってるのなら、そろそろ“黒尾さん”呼び止めて欲しいんですけど」
「え?」
「飲み友達でしょ? 俺ら。俺だけ真矢さん呼びなのも変だしさ」
「じゃあ……黒尾くん」
「まさかの名字呼びは変わらないパターン」
「“黒尾くん”でもちゃんと友達になった感じがするわよ」
「まぁ、良いや。それで」

 不服そうに次のお酒に口を付ける黒尾くんに「黒尾くん」と呼びかけると「んー?」と素直に応じる黒尾くん。

「何でもないわ」
「んだそれ。指名料取るぞ」

 黒尾くんの前では自分を出せる気がする。黒尾くんは格好良くない私のこともしなやかに受け止めてくれるから。

「良い飲み友達も持てて、幸せね。私」
「……そりゃドーモ」

 黒尾くんってやっぱり澤村くんと似てるのかも。良い意味でお節介さん。
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