愛よ甦れ

 バレー仲間に早上がりすることを告げに戻った黒尾くんを車内で待っている間に、涙をハンカチで抑え頭を冷やす。会いたいと願い続けた相手とこうしていざ対面すると、何をどう言葉にすれば良いのか分からない。……全然聡明なんかじゃないわね、私。

「お待たせ」
「……お疲れ様」

 車内に乗り込んできた黒尾くんにひとまずはそう声をかけ、その言葉を受けた黒尾くんは曖昧に笑ってみせる。……こうやってお酒を入れてない状態で会うのは、初めてかもしれない。

「バレーしてたのね」
「ああ。澤村とは学生時代からの腐れ縁でさ」
「そうだったの。……全然知らなかった」

 私たちはあれだけお酒を共にしたのに、お互いの踏み込んだことは知らないままだった。それなのに、私の黒尾くんに対する想いはこんなにも膨れ上がって。彼が何が好きで、何を楽しみに生きてるのかなんて、全然知らないくせに。

「ラインの交換すらしてなかったのよね、私たち」
「……デスネ」

 それは、黒尾くんとの関係を壊したくないと思っていた自分の意志でもある。だけど、あの日私はその関係を壊してでも前に進みたいと思った。でも、黒尾くんは――

「どうして急に避けたの?」
「それは……、」

 言いにくそうに淀む黒尾くんの言葉。ねぇ、黒尾くん。ハッキリさせて。私、2年間この疑問を抱えてきたの。やっぱりその答えが知りたい。怖がりで、知りたがりなの。私。我儘でごめんね。

「キスしたから?」
「……ごめん」
「謝るのはどうして?」

 謝罪されたことに胸が痛むけれど、ここまで来たらその理由も知りたい。フるのなら、思いっきりフって。お願い。

「真矢さんそういう男嫌いだろ? 俺、あの時そういう行動をしちまったし、これ以上嫌われるのが怖くなった……デス。だから逃げるようなことしました。ごめんなさい」

 私の恐れていたこととは裏腹に、黒尾くんは助手席で頭を下げる。

「これ以上って……。確かに、はじめは黒尾くんのこと嫌いだったし、ああいう行為は軽蔑対象ではあるけど、あの時私は誰とも付き合ってなかった。それに……嫌じゃないから受けたの」

 素直に白状する黒尾くんに、私も素直に自分の気持ちを吐露する。だって私たち、あの時は確かに同じ気持ちだったってことでしょ?

「弱みにつけこんだみたいになって、それで俺と付き合っても本当の恋って言えんのか、悩むんじゃねーかなと思って」

 黒尾くんはいつだって私のことを考えてくれている。だからああいう行為をした自分を弱っている私に付け込んだと責めて、身を引いたのだろう。

「……そうね、確かににそれはそうだったかもしれない。でも、2年じっくり考えて、それでも私は黒尾くんが好きなの。それに、今こうしてまた会ってしまったことを運命と感じるのはいけないことかしら」

 もしも、まだ黒尾くんもあの時と同じ気持ちで居てくれるのなら。そんな期待を込めて問うた言葉に対して、黒尾くんは返事の言葉を探しているように見える。だけど、うまく言語化出来ないようで、口を開けては閉じを繰り返す。

 でも、表情からは決して嫌悪している感情は読み取れない。……期待しても良いの? 黒尾くん。私、黒尾くんに負けないくらいずるい女になっても良い?

 会えない間、ずっと黒尾くんに言いたいことを貯めてきたんだから。……話し合いたいと言ったのは黒尾くんよ。だから、私の想いを聞いて。

「もう黒尾くんに急に居なくなって欲しくないの。だからちゃんと言わせて。……ずっと、側に居て欲しい。駄目な私を支えて欲しい。会えなくてずっと寂しかった。会えない間もずっと。ずっと黒尾くんが好きだった」
「真矢さん……」
「ありのままの自分をさらけ出せるのは黒尾くんだけなの」

 黒尾くんの手を握り、本音を溢す。そうすれば黒尾くんも導かれるように瞳を合わせ、本音を晒してくれる。

「俺も……ずっと会いたかった」

 2年間、いやもっとずっと前から聞きたかった黒尾くんの本心。その黒い瞳の奥をようやく覗かせてくれた黒尾くんに、得も言われぬ愛おしさがこみ上げてくる。

 今度は私が黒尾くんの頬に手を添える。そして、その手に黒尾くんの手が重なる。2年前のあの時のように、黒尾くんの顔が近付いてくる。この気持ちに、身を委ねてしまいたい。……でも。

「エッ」
「黒尾くん、私たち2年も会えてなかったの。再会してイキナリなんて、嫌よ」
「あー……」

 黒尾くんの唇を片方の手で受け止めた私に、拍子抜けした様子の黒尾くん。そうして言葉を続けると、黒尾くんは額に手を当て、息を深く吐いてみせた。……納得しようとしつつも出来てないって顔ね。ごめんなさい、ちょっとだけ意地悪言っちゃったわ。本音は違うのよ。

「ふふ、ごめんなさい。本当のこと言うと、私は今、澤村くんよりも先に幸せになってはいけないの」
「サームラさん?」
「葛原に別れを告げた時、澤村くんの名前を出しちゃって。そのせいで今、澤村くんは辛い思いをしている。私だけが幸せになんてなれない。だから、もう少しだけこのままの関係で居たい。我儘言ってごめんなさい」

 本当の意志を告げると、黒尾くんは私の手をそっと握ってくれる。その手は温かくて、全てを受け入れようとしているのが分かる。

「真矢さんは律儀だもんな。そういう所、俺すっげー好き。……良いよ、真矢さんが良いってなるまで、ずっと待ちマス」
「ありがとう、黒尾くん」
「あー!! サームラさん、早くその相手の子とくっつかねぇかなぁ。俺も早く真矢さんとキスがしてぇ」

 助手席の背もたれに体を預け、ため息のように吐き出す言葉。ちょっと。少し前に言った言葉と全然違うじゃない。それに、そっちのが本音のように聞こえるんだけど? まったく。

 黒尾くんの言葉に思わず笑みが零れてしまう。……でもね、黒尾くん。私も黒尾くんと同じ気持ちよ。

「ねぇ、今度一緒にツワブキの花を買いに行かない?」
「ツワブキ?」
「黒尾くんが見たっていう花、多分ソレだと思うの」
「あん時の話、覚えててくれてんの?」
「当たり前じゃない。黒尾くんと話したこと、忘れる訳ないでしょ」
「嬉しいこと言ってくれんのね」

 だから、黒尾くん。私たち、ちゃんとお互いを知りましょう。そうすれば、私は今以上に黒尾くんのことを好きになれると思うの。

「ねぇ真矢さん。ライン交換しない?」
「ふふ、そうね」

 ねぇ、黒尾くん。ツワブキの花言葉ってなんだか知ってる?
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