Egoistic Dispenser

 かげうらで働きだしてもう少しで5ヶ月になる。季節は10月。時期でいうと、定期テストの頃だ。私の本業はあくまでも学業。いくらかげうらのバイトが楽しくても、勉強を疎かにする訳にはいかない。3ヶ月前に犬飼から言われた“私ごときがバイトと勉強の両立が出来るのか”という茶化しは未だに根に持っている。犬飼のことをギャフンと言わせる為にも、逆に「ほら見ろ」とバカにされない為にも。今日のバイトを目途に、明日からしばらく勉強休みをもらうことにしている。

「みょうじちゃんお疲れ様。テスト勉強、頑張ってね」
「はい! ありがとうございます。あ、でもテスト最終日からはシフトがっつり入れますので!」
「嬉しいわぁ。みょうじちゃんは進学校だし、頭良さそうだから補習なんて縁遠いんでしょうね。雅人も見習って欲しいわ……て、噂をすれば」

 学校の制服に着替え終わってから、ママさんと2人で厨房と裏口を繋ぐ辺りでそんな会話をしていると、雅人くんが店先から帰って来た。ママさんの視線を辿り、雅人くんの顔を見つめれば、雅人くんが苦虫を噛み潰したように表情を歪ませた。まるで今の今まで私たちがしていた内容を聞いていたかのようだ。2人は親子だし、テレパシーのようなものでもあるのだろうか。

「なんだよババア。帰ってくるなりンな感情向けんな」
「はぁ〜……。なんであんたは同じ年数生きてきて、みょうじちゃんとこんなにも違うんだろうねぇ」
「うっせぇ」
「うっせぇじゃない! まったく、あんたはそういう口の利き方しかしないんだから。それで頭でも良いんだったら多めに見てやるけど。あんたはそうじゃないんだから少しは慎みなさい。……ほんと、みょうじちゃんを見習って欲しいわ」
「いえっ、そんな……。雅人くんはお好み焼き作るのすっごく上手じゃないですか。私なんて敵わないくらい」
「……本心で言ってんのがすげぇよな」
「だって……本当だし……」

 もしかすると、これは“親子だから”とかそういうのは関係ないのかもしれない。だって、私の心が読めるの? ってくらい私の本心が雅人くんには伝わってしまう。雅人くんは心から言った言葉はちゃんと受け入れてくれるから、そういう所も私は凄いって思う。

「もぉ〜みょうじちゃん。こんなバカ息子のフォローなんてしなくて良いんだからね? ……そうだ、雅人。もう外も暗いし、みょうじちゃん送ってやりなさい」
「だ、大丈夫です! 雅人くん今帰ってきたばっかりだし!」
「……行くぞなまえ」
「えっ!? でもっ、」
「ここに居てもババアがうるせぇ。ほら、行くぞ」
「あっ、うん。……じゃ、じゃあ! また次のバイトでお世話になります!」

 戻って来て鞄をドカっと置くなり、裏口へと向かって行く雅人くんの後を慌てて追いながらママさん達に手を振る。しばらくここに来れないんだと思うと、もう戻りたくなっちゃう。……どんだけかげうらが好きなんだ、私。



 ほんのりと冷気を纏いだした夜の風に立ち向かうようにして2人で歩いていると、雅人くんが「明日からバイト休みか?」と静かに尋ねて来た。

「うん。明日からしばらくはテスト勉強で休みもらってる」
「……そうか。なまえって順位どれくらいだ?」
「えーっと、中間くらい? かな?」
「なるほどな。中間よりちょい上ってとこか」
「!? 雅人くんってエスパーなの??」
「はっ、ンな訳ねぇだろ。なまえのことだから謙遜してんだろうなって思っただけだ」
「凄いなぁ。雅人くんは」
「……で、だ」

 街灯を4、5個通り過ぎた所で初めて雅人くんが私の方を向いて言葉を切る。私も同じように雅人くんを見上げ、言葉の続きをじっと待つ。

「もしなまえが良かったらだけどよ、俺に勉強教えてくんねぇか」
「へっ、」
「さっきババアが言った通り、俺は頭が悪ぃ。で、次のテストで補習喰らったらしばらくボーダー出入り禁止になっちまうんだ」
「そ、そんなにヤバイの?」
「まぁ。そんなにヤバイな」

 雅人くんの成績はそんなにヤバイらしい。そんな雅人くんにいくら進学校といえども成績は本当に中間より少し上くらいの私が教えれられるのだろうか。いささか不安が過ぎる。

「私なんかが力になれるかな。……そうだ! ボーダーにも頭良い子居るよね? その人たちに教えてもらうとかは?」
「無理だ。教えてもらってるうちに喧嘩になる」
「そう? 荒船とか冷静じゃん」

 荒船は私の勉強の師でもあるし。荒船も確かボーダー隊員だったはず。適任者の名前を出すと、雅人くんは「アイツは頭が良過ぎて言ってる意味が分かんねぇ」とバッサリ切り伏せてみる。

「……あっ、それなら犬飼は? 犬飼もボーダーだし、私より成績良いよ?」
「嫌だ」

 雅人くんの荒船に対する評価はスルーするとして、次に頭に浮かんだ犬飼はとても良いと思った。けれども雅人くんは、犬飼のこともバッサリいった。

「アイツに教わるくらいなら出禁喰らったがマシだ」
「雅人くん、犬飼が嫌い?」
「あぁ、嫌いだ。アイツだけは無理だ」

 滅茶苦茶な嫌われっぷりだと、犬飼のことを頭の中で笑ってやる。犬飼がボーダーでも喰えない人物として、少なくとも雅人くんの中では通っているという事実に口角がにんまりと上がる。……まぁでも、犬飼は一応私のクラスメイトだ。そのよしみでフォローしてあげとこう。

「その気持ち、分からなくもないけど。犬飼ってなんだかんだいって良い人だけどなぁ」
「……そんなに俺に教えるのが嫌なら別に良い」

 良かれと思って犬飼の肩を持てば、雅人くんの声が一段と低くなった。……しまった。確かにこの一連のやり取りだと私が雅人くんに教えるのをゴネてるみたいに取られてもおかしくはない。違う、そういう意図は全くない。……雅人くんに誤解はして欲しくない。

「ごめん、そういう意味じゃないんだ。私で良ければ手伝うから! 明日お店に行けば良いかな?」
「……悪い。熱くなった。場所はファミレスでも良いか? そっちのが集中出来る」

 慌てて言葉を連ねれば、雅人くんの声色も少しだけ柔らかくなったのが分かってホッと胸を撫でおろす。良かった……。雅人くんは本心で言ったことはちゃんと掬い取ってくれるから、やっぱり凄い。いくら勉強が出来ても、私には到底真似出来ない。

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