感受したいと願う

 店を変えようという提案を受け、雅人くんの後をついて行って辿り着いた先にあったのは、ファミレスとは反対方向にあるにカフェだった。いかにも女子が好きそうな、外観もインスタ映えしそうなお洒落なお店で、失礼かもだけど、雅人くんからはちょと連想出来ない場所。……もしかして、彼女と来たことがあるとかだろうか。

「ここなら良いんじゃねぇかって、ボーダーのやつに教えてもらって。……ここで良かったか?」
「そうだったんだ……! 私はどこでも平気だよ。それに、実はここ、1回来てみたかったんだよね。それにしてもボーダーの人って、お洒落な人多いんだね」
「……今、誰思い浮かべた?」
「えっと犬飼、とか? 荒船はちょっとお洒落っていうか、筋肉かなって……」

 荒船に対してだいぶ失礼な言い方になった気がするけれど、私が思っている事実だから仕方ない。というか私、ボーダーの人をそんなに知らない。それなのに“多い”なんて、なに知った風な口利いてるんだろう。……雅人くん、嫌な気持ちになったかな。
 不安に思いながら雅人くんの顔を盗み見れば、雅人くんはさっと口元を手で覆いながら口を開く。

「昨日は守ってやれなくて悪かった」
「そんな……! 私は怪我してないし、先輩も連行されたし。もう私に近づくことはないと思うし……、」

 あぁ、やっぱり。雅人くんも昨日のこと気にしてる。

―あんまり責任感じないであげてね。そっちのが絶対良いから。

 そうだ。犬飼が教えてくれた。私まで沈んだ気持ちだったら、雅人くんはもっと気にしちゃう。……明るく振る舞うことが、雅人くんの為になる。

「俺には、クソみてぇなサイドエフェクトがあんだ」
「サイドエフェクト……って確か、前に言ってたやつ?」
「あぁ。いわば超感覚ってやつなんだけどよ。俺の場合は他人が俺に向けてる感情が分かるってやつ」

 “だから、あん時咄嗟に俺自身を守っちまった。あの野郎の本当の狙いはなまえだって頭では分かってたのに。このクソエフェクトのせいで防衛本能が働いちまった。やっぱりこのエフェクトはクソだって思った”

 雅人くんは勉強道具を出しながら、自嘲気味にこんな言葉を続けた。……私は、そんなことないって思う。どうにかこの気持ち、伝わってくれないかな――そう思って、ハッとする。そうか。雅人くんのサイドエフェクトならそれが出来るじゃないか。全然、クソなんかじゃない。

「サイドエフェクトのおかげで雅人くん自身に怪我がなかったのは、私からしてみれば凄く良かったって思えることだよ。もしあの時雅人くんも怪我してたら、私は自分のことをもの凄く責めたと思う。……この感情が嘘じゃないってことも、雅人くんのサイドエフェクトなら伝わるよね?」
「……犬飼のことはどうなんだ?」
「結構へこんだ。……でも、犬飼の怪我も軽傷で済んだし、気にし過ぎはだめって犬飼から教えて貰ったんだ。それに、きちんとお返しもしたし」
「……あいつと仲良いんだな」
「へへ。確かに。考えてみれば結構仲良いのかも」
「……やっぱ俺のサイドエフェクトってクソだわ」
「えっ。どうして?」
「なんでもねぇ」
「私はそのサイドエフェクト羨ましいけどなぁ。だって、私の“ありがとう”って感情もちゃんと伝わってるんでしょ?」
「……まぁ、な」
「うん、じゃあそれだけでも充分。私はそれが羨ましいよ。……勉強、始めよっか」

 そう言うと雅人くんの表情は少しだけ柔らかくなるから。やっぱり私はそのサイドエフェクトに感謝したくなるよ。



 カフェでついでに夜ご飯を済ませて、雅人くんが家まで送ってくれると頑なに譲らないから、言葉に甘えて2人で歩く帰り道。

「あ、雅人くん。私買いたい本があるんだけど、ちょっと本屋寄っても良い?」
「あぁ」

 雅人くんに断りを入れて立ち寄った本屋。目当ての参考書を購入して、雅人くんの姿を探すと、漫画コーナーにその姿を見つける。どうやら1巻試し読みが出来る漫画に夢中のようだ。あの漫画、私も読んだことあるけど、凄く面白いんだよね。邪魔するのも悪いと思って、私も美容雑誌を手に取ってパラパラと眺めることにする。

「にまんきゅうせん円……」

 香水特集のトップページに載っていたのは、犬飼が貸してくれたあの香水のブランドで。お揃いにするのは少し気が引けて、別のシリーズの香水を探している時に“コレ!”というものに出会いはしたけれど、その香水の値段は“¥29,000−”と雑誌が示している。……高い。高校生にとってこの値段はやっぱり勇気が要る。
 これを買うことをバイトの目標にしたけれど、いざ買おうと思うと“こんなに高い香水を私なんかが付ける資格あるのだろうか”とか、そういう迷いや葛藤が出てきていまいち踏み切れていない。でも、あの匂いは凄く良かった。犬飼に貸してもらった香水にほんの少し甘みを足したようなあの匂いが私のストライクゾーンど真ん中なのだ。……よし、決めた。今度絶対買う。

「それが欲しいのか?」
「ま、雅人くん! いつの間に?」
「漫画パラ読みして、今買ってきたとこだ」
「そうなんだ。ごめん、待ってたつもりが待たせちゃったね! 行こうか」

 私が見ていたページをまじまじと見つめて雅人くんが私をチラリと見つめる。もしかして、“お前は香水ってキャラじゃねぇだろ“とか思った……? もしそうだとしたらちょっとショックかも。確かに、私と雅人くんはかげうらで顔を合わせることが多いから、私の匂いといえばソースなのかもしれないけれど。

「香水とか何の為につけんだ?」
「うーん。理由はそれぞれだろうけど。私は“自分が良い匂いだと思うものを、1番近い所で嗅げるのが幸せ”って理由かな」
「モテてぇ、とかじゃねぇのか?」

 雅人くんは私の考えなどは一切抱いていないらしく、私の想像していた斜め上の予測を立てる。

「あはは。それはないかな。犬飼ならそういう理由そうだけど」
「……なまえはあいつのことが好きなのか?」
「犬飼? うん、まぁ。好きっちゃ好きかな」
「それは――いやいい。なんでもねえ」
「? 雅人くん?」
「俺はなまえから匂う柔軟剤の匂いも結構好きだけどな」
「へっ!?」
「……ンだよ」
「う、ううん。何でもないっ」

 雅人くんから“好き”というワードが出るなんて。ちょっと意外で胸がドキっとしてしまう。ふいっと顔を逸らした雅人くんを見つめるけど、生憎私は雅人くんの感情は感受出来ない。やっぱり、雅人くんのサイドエフェクトが羨ましい。

「遊びに行く時だけにしようかな。香水付けるの」
「好きにしろ」
「バイトの時は控えるよ」
「……あぁ」
「そしたら雅人くんが帰ってきた時、雅人くんに良い匂いって思って貰えるんでしょ?」
「……ソースの匂いが強ぇけどな」
「あっ、そうだった」

 そう言って笑うと雅人くんも口元を緩める。香水買うの、またちょっと揺らいじゃうなぁ。

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