知っているのは私たちだけ

 ボーダー飲み会は今日も開かれる。この前のように遅れることもなく、蒼也さんと2人で顔を出し隣り合って座る。そこで久々にこの質問が飛んできた。

「お前らどこまで進展してんの?」
「え、何々。なんかあったのか?」

 にやにやとその目を歪め尋ねてくる諏訪さん。きっとあの日のことを訊いているのだろう。そしてそのやり取りを何も覚えていない太刀川は、諏訪さんの言葉を聞いてその顔に好奇心を浮かべてみせる。

「別に何もないですよ」
「嘘だろ、さすがに送り狼になっただろ」
「送り狼になったのは――」
「はいストップ! 1杯も飲んでないのに盛り上がるのはやめましょう? ね!」

 蒼也さんがとんでもない発言をしそうな予感がしたので、咄嗟にメニュー表を広げ話題を逸らす。この人恥ずかしがるってことしないから怖いんだよ。……どうにかあの日のことからみんなの意識を逸らさねば。私が死ぬ。恥ずかしくて死ぬ。



「なまえ、ツマミは何にする」
「んー、あっ蒼也さんが頼むヤツ。それ1つ貰っても良いですか?」
「あぁ、構わん」

 なんの意識もしていない会話。その会話を交わした瞬間、反対側に座る2人の空気が固まるのが分かった。じぃっと見つめられる気配を察知してメニュー表から顔を上げれば、そこにはにやにやと先ほど以上に歪む瞳が4つ。

「なまえ、ねぇ?」
「蒼也さん、ねぇ?」
「……あっ」

 そうして、あの日から進展したことの1つを漏らしてしまったことを思い知る。しまったやらかした……! そう思った時には既に遅く、2人の話題は私たちへと向けられる。

「おいおい。風間ぁ、お前送り狼されてんじゃねぇよこの野郎」
「えっなまえちゃん。風間さんのこと頂いちゃったの?」

 諏訪キューブとバ川の降臨である。お前ら表出ろや! と言いたい所だけど、そんな返しをしたらもっと盛り上がることは分かりきっている。こういう場合は「あーハイハイ。そうですね」と流すが1番だ。

「送り狼などされていない。きちんと俺が襲った」
「はっ!? ちょ、蒼也さん!? 何言ってるんですか?」
「事実を言っている」
「いや、そっ、うですけど……!」
「そうなんだ!?」

 あーやってしまった。思わず返した言葉を太刀川が身を乗り出して訊き返してくる。……そうなんですけど、も!! も〜……勘弁してくれ……。

「いやあの違くてですね、」
「一緒に寝て、互いの名前を下の名で呼ぶような仲に進展した」
「わー…………」

 爆弾に次ぐ爆弾。蒼也さんがあまりにも投下するものだから、私はついにテーブルに手をついて祈るようなポーズをとってしまった。全部事実だから否定のしようがない。……にしてもなんでこうもあけすけに言っちゃうのかなこの人。ちょっとは2人だけの秘密とか、そういう共有方法もあってもいんじゃないの? なんて抗議の目には「自慢したいだろう。こういうことは」なんていう理由を返された。

「俺、風間のことちょっと尊敬するわ」
「俺も。堂々とノロケられるとなんか俺のが恥ずかしくなる」
「……私はその100倍恥ずかしい」

 こうして落ち着きを取り戻した諏訪キューブとバ川。……実はこの方法が1番手っ取り早かったのでは? なんて思う私に「なんか色々順番すっ飛ばしてる気もするけど、そこら辺どうなんだ?」という質問が飛んできた。……前言撤回。やっぱりコイツらはずっと諏訪キューブとバ川だ。

「これ以上は2人だけの秘密! です! 良いですよね蒼也さん?」
「……あぁ、良いだろう」



「順番が違う、か」
「ん?」

 バカ2人と別れ歩く帰り道。お酒を入れて熱を持つ頬を夜風が撫でるように吹き抜けてゆく。その風の心地良さに目を閉じていれば繋がれた手の先で、蒼也さんの声が響いた。

「確かに、順序立てて考えた時、俺らは順番が違うのかもしれないな」
「……そうですか?」
「キスをする前に一緒に寝たしな」
「そっ、それはなんていうか……別の意味っていうか……」

 蒼也さんの言葉に、引いたはずの熱が再び頬に集まるのを感じる。あの日のことは思い出すと今でも恥ずかしくなる。ボボボと熱を持った頬に思わず手を当てようとした時、その手をぐいっと引っ張られ体の重心が蒼也さんへと傾く。

「……っ、」
「手を繋ぎ、キスをした。これで順番通りだな」
「……そう、ですね」

 手を当てるだけじゃ間に合いそうもない熱。その熱は「俺の家に来れば文句なしの手筈だが。どうする?」という甘い言葉によって留まる所をなくす。……順番がどうとか、どうせ気にしてないくせに。そういう抗議の言葉を向けることも考えたけど、結局最後に口にする言葉は変わらない。だったらはじめから素直に気持ちを告げてしまおう。私にはそれが許されているのだから。

「行きます……」

 そう言って顔を摺り寄せれば、蒼也さんの満足そうに笑う声がする。「では行くか」という言葉に頷き、「……これはさすがに2人だけの約束にしてくださいね?」と告げれば「そうだな。これは2人だけが知っていればいいことだ」と微笑まれる。

「好きです、蒼也さん」
「あぁ、俺もだ」

 これから始まる甘い夜は、私たち2人しか知らない。

 
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