Already,yet.

 迎えた2月15日。お昼の防衛任務前に歌歩ちゃんと合同で買っていたチョコは無事に渡すことが出来たけれど、あのミルクチョコは未だ私の手元に置かれたまま。そのまま防衛任務をこなし、風間さんは事前に聞かされていた通り夜の部の解説へと行ってしまった。

「みょうじさん? 行かないんですか?」
「あ、うん! 今行く!」

 今日渡せなかったら。コレは大人しく私の胃に収めよう。そう心に誓って菊地原くん達と観覧席へと足を向けた。



「風間さん、1日遅れのバレンタインチョコあげる。綾辻ちゃんにも」
「……っ!?」

 解説席でフランクに渡す加古さんに驚いて息を呑んでいると、菊地原くんから「何そのカオ」と鼻で笑われた。

「や、風間さんってチョコとか受け取るんだなぁって……」
「当たり前でしょ。風間さんって結構ボーダー内で人気だし」
「は!?」
「え、何その反応。今まで一緒に過ごしてきて気が付かなかったの?」
「し、知らなかった……」

 まぁ色んな意味での人気なんだろうけどね、とフォローなのかなんなのか分からない言葉を告げる菊地原くんの声は、私の耳には入ってこなかった。

 いいなぁ、加古さん。あんな感じで風間さんにチョコ渡せたらどれだけ良いだろう。そんな羨望の眼差しで解説席を見つめてみても、風間さんと視線が交わることは当たり前にない。……し、多分私は渡せる機会があったとしてもあんなフランクには渡せないんだろうなと思いもする。

 私がもし風間さんにチョコを渡すとしたら……多分、藍ちゃんみたいな感じになるんだろう。

「4日目夜の部四つ巴! いよいよ戦闘開始です!」

 そこまで考えた時、綾辻ちゃんの声が観覧席に響き渡る。今はそんなことより試合に集中だ。B級のランク戦でも盗める所は盗まないと。それに、風間さんが認める三雲くんの試合だ。



―隊長としての務めを果たせということだ

「あーもう風間さんってば、どうしてメガネにそう甘くするかなぁ」
「今回の試合は風間さんが解説で玉狛的には良かったな」

 試合終わり、まとめの解説で手厳しくも最終的には三雲くんにアドバイスを送る風間さん。あぁ、やっぱり、風間さんは三雲くんのことを自分の弟子のように見てるんだと、そう実感する試合だった。

「……私、今日はもう帰る」
「え、珍しい。ランク戦観た後、いっつも自分もランク戦しに行くのに」
「今日はいい。……あ、今日あげたチョコ。味わって食べてね。それじゃ、お疲れ様」

 胸が苦しくて、もうこのままだと嫉妬で自分がおかしくなりそうで、逃げるように観覧席を後にして歩き出す。この気持ちは……一体なんなんだろう。自分の師匠が自分以外を褒めることに嫉妬してる? でも、それだけでここまで胸って苦しくなるもんなの?

 分からない、もう、自分さえも分からなくなってきた。ああ、もう嫌だ。

「おー、なまえ! ちょうど良かった。今から俺と……って、なんだその顔」
「……太刀川、」
「……よーし分かった。飲み行こうぜ。俺の奢りだ」
「珍しい」
「その代わり、焼肉はナシで。よろしく」
「……そういうこと」

 まぁ良いやそれで。今は酒に逃げたい。飲んで、飲んで飲みまくって。嫉妬心まるごと呑まれてしまおう。



「で、いい加減気が付いたかよ?」
「何に」
「自分の気持ちに」
「そんなの、とっくの前から気付いてる」

 醜い嫉妬を中学生相手に感じてるなんて。嫌って程自覚してる。

「三雲くん相手に大人気ないって分かってる」
「三雲ぉ?」
「でも、仕方ないじゃん。風間さんが私以外を見て、しかもその子が成長する度に嬉しそうにしてる姿を見るのが嫌だって思っちゃうのは、とめられないし」
「……はぁ」
「私だけを見て欲しいって……思っちゃうんだよ……」
「こりゃ1人だけじゃ無理だな」

 太刀川が溜息を吐いてビールを傾けたと同時に「遅れた」と私の心を揺らすのには不足ない人物の声がする。

「か、風間さんっ!? なんでここに……」
「俺が居酒屋に来てはまずいか?」
「いやそういうわけじゃ……、」
「太刀川、みょうじを借りるぞ」
「どうぞどうぞ」
「なっ、えっ!? 風間さん飲みに来たんじゃ?」
「お前を呼びに来た」
「へっ? 私まだ酔ってませんよ?」

 腕を引っ張る風間さんに慌てて抗議するけれど、風間さんは聞いてくれない。助けを求めるように太刀川を見ても、ヒラヒラと手を振るだけで。あぁコイツは駄目だと割り切り、もう1度風間さんに声をかけてみても「酔っていない時でないとだめだ」とこちらも理解不能な言葉しかくれなくて。

 私の脳はもうお手上げだ。

「あの、風間さん。私、ばかなんで分かり易く意味を教えて下さい」
「あぁ。ばかなみょうじにも分るようにちゃんと伝える。だから一緒に来てくれ」
「わ、分かりました……」

 風間さんが初めて命令口調ではなく依頼形で私に言葉を告げてくる。それなのに私は、断る術を知らない機械のようにカクカクと首を縦に振ってみせた。
 だって、風間さんの手がとても優しく私に触れていたから。私は、その手を振り払うことなんて出来ない。



 連れてこられたのは風間隊の作戦室。菊地原くん達はもう帰っていて、今この空間はあの日と同じように2人きりだ。あの日……風間さんがいつもと違った日。うわ、どうしよう……このタイミングで思い出してしまった。

「菊地原たちから聞いた。ランク戦終わりのお前の様子がおかしかったと」
「そんなこと、」
「言え。俺の何がそんなに不満だ」
「ふ、不満?」
「俺が玉狛、特に三雲を褒める度にお前の様子がおかしくなると色んな人から言われた。それは何故だ」
「……なんで風間さんが私に質問するんですか。私に風間さんが分かり易く教えてくれるんじゃなかったんですか……」
「それはこの質問にみょうじが答えてからだ」
「そ、そんなのずるいです!」

 抗議してみても風間さんの表情は崩れない。あくまでも先に私に質問の答えを言わせる気らしい。……ずるい。風間さんはずるい。さっきまであんなに優しかったのに。今はいつものような凛々しい顔つきで、真っ直ぐに私を見据えてくるのだから。そんな目で見られて、それを躱す術が私にないことを、風間さんはもう充分分かってるはずなのに。

「……風間さんの弟子は私だけでしょ? それなのに、どうして三雲くんにばかり構うんですか。私のことは素面じゃ全然褒めてくれないし……。私はもう弟子として見てもらえないんですか? ……それなら私、強くなんてなりたくない」

 人として、こんなに屈辱的なことって他にあるんだろうか。自分の醜い嫉妬心をまさか本人に告げないといけないなんて。そんな情けないこと、あるんだろうか。

「……私だけを……見て欲しいんです……。風間さんに、ほかの人のことなんて、見て欲しくないっ」

 それが例え、中学生でも、男子であっても。……誰であっても。――あぁ、そうか。私は――

「好きだ、みょうじ」
「……え?」
「分かり易く伝えると言っただろう?」

 今言われた風間さんの言葉が理解出来なくて、気の抜けた声を喉から発すると風間さんが「俺の質問に答えてもらったからな。今度は俺の番だ」と真顔で言う。

「俺の弟子はみょうじだけだ。みょうじが俺が三雲を褒めることに嫉妬や不安を抱いているのならば、俺の気持ちを伝えるのが1番良いだろう」

――俺はお前が好きだ

 今度はハッキリと目を見て言われた。

「だから俺は、お前以外のやつを見るつもりなど毛頭ない……が、それではお前の嫉妬は取り除けないだろうか?」
「風間さん……」

 やっと、自分が抱いていた感情の正体が掴めた。これは、嫉妬心だけじゃない。

「私も、風間さんが好き、みたいです」
「それは……恋愛において、という意味か?」
「多分、風間さんと同じ意味、です」

 ようやく気が付いた自分の感情を口にするのはこれが精いっぱいだ。でも、それでも風間さんは「そうか」と優しく頷いてくれるから。風間さんにはちゃんと伝わってる。

「……あ、これ。……バレンタインのチョコです」
「ちなみにこれは本命か?」
「分かってるくせに」
 
 意地悪なことを訊いてくるもんだと抗議の視線を送ると、「すまない。貰ったヤツに嫉妬していた」と照れ臭そうに白状する風間さん。あぁ、好き。大好き。

「ちなみに、“毛頭”ってどういう意味ですか?」
「……好きだという意味だ」
「えっ、それ絶対違う」

 ずっと前から気付いていたこの感情。でもそれに気が付いたのはたった今だ。

「これからは素面でもみょうじのことを褒めるよう努める」
「無理しなくて良いですよ、別に」
「ん?」
「その分、好きだって気持ちを表してくれれば」

 これから先、どうなっていくのは、まだ知らない。

「それは……自制が効かないかもしれないが、良いのか?」
「……少し、考えさせて下さい」

 でも、風間さんとなら大丈夫。私達の恋はずっと前から始まっていたのだから。

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