砂糖とスパイスと無敵な何か

「ねぇ歌歩ちゃん。バレンタインってどうしてる?」
「バレンタインですか? 一応風間隊には買って渡してますよ」

 翌日、歌歩ちゃんにそれとなく尋ねてみるとそんな言葉が返って来た。ちなみに、オペガールズには手作りを渡しているらしい。歌歩ちゃんは妹が2人居て、その妹のチョコ作りを手伝わないといけないらしく、バレンタインはそれが限界らしい。

「じゃあ今年のバレンタインはさ、風間隊には私が買いに行くよ」
「良いんですか?」
「うん。私、手作り出来ないから他の人にも買いたいし」

 歌歩ちゃんに申し入れると「助かります」と感謝される。もうその笑顔がプライスレスだよ歌歩ちゃん。

「良いよ良いよ。ついでだし」

 口ではそんなことを言ってみせたけれど、全然ついでなんかじゃないことは胸の内に秘めておいた。



「あれ? 藍ちゃん?」
「なまえさん! 久しぶりですね」

 12日。今日はB級のランク戦もないし、太刀川も防衛任務があるとかでボーダーに姿がなかった。行くなら今日だと思い、近くの百貨店に足を運ぶとそこで藍ちゃんと遭遇する。なんだか久しぶりに顔を見る気がするなぁ。

「藍ちゃんも嵐山隊の皆に?」
「えぇまぁ。それと烏丸先輩に……」

 カラスマくん……あぁ、あの玉狛に居るイケメンくんか。そっか、あの子、モテそうな顔面してるもんなぁ。

「うふふ。藍ちゃん、恋する乙女だ」
「っ、なまえさんこそ、風間さんに渡すんですか? チョコ」
「えっ!? な、なんで?」
「なんでって……同じ隊ですし」
「あ、あぁ……そ、そういうことね。うん、あげるよ。歌歩ちゃんと合同で」
「個人的には誰にもあげないんですか?」

 一緒に売り場をまわりながら会話を交わす。個人的に……うーんそうだな。

「お返し目的で太刀川と迅くんと諏訪さんにはあげようかな?」
「動機が不純ですね」

 ケラケラと笑いながら藍ちゃんと買い物をして、藍ちゃんが烏丸くんにあげるチョコは一緒に真剣に悩んで。あれでもないこれでもないと思案する藍ちゃんはとても可愛い、恋する女の子だった。



「なまえさんと一緒にまわれて良かったです」
「こちらこそ。久々に藍ちゃんと過ごせて楽しかった」
「烏丸先輩、次はいつ本部に顔を出してくれるでしょうか……」
「迅くん程こっちに顔出さないもんねぇ」
「はい……」
「まぁ、いざとなれば一緒に玉狛に行ってあげるし。大丈夫だよ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」

 買い物を終え、さすがに歩きまわり過ぎたと同じフロアに入っているカフェで一息吐く。花を咲かせるのは藍ちゃんの烏丸くんに対する淡い恋バナで。烏丸くんの魅力を語る藍ちゃんはやっぱり可愛いなと思い、藍ちゃんの話をにやけた顔で聞き続けた。

「そういえば、なまえさん。それ、買ってましたっけ?」
「あー……これは……自分用!」
「自分用が1番豪華ですね?」
「ね、ねぇ〜? アハハ、あまりにも美味しそうで……アハ、アハハ」

 帰り道、一緒に会計した時には通していなかった紙袋を藍ちゃんがビシリと指摘してくる。その言葉を下手くそな笑みで躱し、どうにか藍ちゃんとの会話をパスする。

「烏丸先輩へのチョコ、これで良かったかしら……」

 自分の掲げる紙袋を不安そうに眺める藍ちゃんにホッとしながら、私も藍ちゃんと同じように指摘された紙袋を見つめてみる。

 藍ちゃんが悩んでいるそのすぐその近くにあったミルクチョコレート。風間さんって牛乳を作戦室の給湯室に常備するくらい好きだから、チョコもミルクのが良いかななんて考えていたら、思わず買ってしまっていた。

 どうしよう……。思わず買ってしまったこのチョコレート。正直、今日のチョコの中で1番高い。のに、このチョコに出番はあるんだろうか? 大体、菊地原くん達には買ってないわけだし、これを渡すとなれば、これは何チョコになるんだろう。太刀川達と同じように、見返りを求めたチョコ?

「やっぱり、もう何個か買っておいた方が良いですかね?」
「大丈夫だよ。あれだけ悩んだんだもん。そのチョコが良いよ」
「そう、ですよね」

 夕陽に照らされて、藍ちゃんの白い頬が朱赤に染まる。あぁ、良いなぁ。真っすぐに恋してる感じ、なんかすっごく羨ましい。



 迎えたバレンタイン当日。風間隊は非番だったので、本来ならばボーダーには顔を出さないつもりだった。でも、藍ちゃんの件もあるし、もしかしたら風間さん達も来てるかもと思い一応足を運んでみた。でもやっぱり風間さん達の姿は見えなくて。歌歩ちゃんと合同で買った分は明日渡そうと作戦室の冷蔵庫に入れることにした。

「おっなまえ。フリーバレンタインだぜ」
「獲得数をどうぞ」
「意外と6個!」
「のうち、本命は?」
「ゼロだ!」
「はいじゃあ義理チョコ7個めをどうぞ!」
「おう! ありがたく頂くぜ! なんせフリーバレンタインだしな!」
「うんじゃあホワイトデー焼肉でよろしく!」
「え」

 ホワイトデーのお返しを指定すると固まる太刀川。……というか、太刀川。アンタも今日非番じゃなかったっけ? まぁ良いけど、別に。

 その後も諏訪さんにも無事に見返りチョコを渡したり、やっぱり本部に顔を出さなかった烏丸くんにションボリとする藍ちゃんを慰めながら一緒に玉狛に行ったりと、結構忙しい時間を過ごした。

「なまえさん、ついて来てくれて本当にありがとうございました!」
「いえいえ。私も迅くんに見返りチョコ渡せたし。良かったよ」

 無事に烏丸くんにチョコを渡せた藍ちゃんはとても機嫌が良い。うん、良かった良かった。

「じゃあ私、家近くだからこのまま帰ろうかな。……あ、そうだ。これ。良かったら嵐山くんと時枝くんに渡しておいてもらえる? 色々とお世話になったし。……特に嵐山くんにはお詫びも兼ねて」
「お詫び?」
「ううん、なんでもない。お願いできるかな?」

 藍ちゃんに嵐山隊用のチョコを預けてその場で別れ、帰り道を歩く。……結局、私の手元にはあのミルクチョコレートだけが残っている。

「……私が食ってやろうか?」

 紙袋の中に居るチョコにそう声をかけてみても、勿論返事はない。し、私自身がそのチョコを食べることを拒んでいる。

 このチョコは一体……。この気持ちは一体、なんなんだろう。

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