飼いならしメソッド

 ここ最近はほとんどボーダーに箱詰めに近い日々を過ごしている。必修科目がある日は大学に顔を出すようにしているけど、それでもボーダーからの呼び出しにはいつでも応じるようにと周知されている。ボーダーと提携をしている大学だからある程度の融通は利くけど、必修科目中でも呼び出しに応じろというのは私の経験上ではなかったことだ。

 それだけ今回の大規模侵攻が脅威的なものなんだろう。

「よぉ、なまえ。もう帰んの? 単位大丈夫か?」
「生憎どこかのバ川に比べて真面目になりましたので」
「バ川って全然カスってねーじゃん」

 2限が終わり、お昼からのシフトに向かおうと歩いていると食堂から餅を咥えた太刀川が出て来た。というか、ウチの大学に餅なんてあったっけ。……もしかして、持ち込み餅とか?

「大規模侵攻に備えて風間隊のシフト増やしてるんだって。すぐに対応したいからって、風間さんが」
「へぇ。風間さんっぽいな」
「そういうことだから。太刀川もいつ緊急呼び出し喰らっても動けるようにしときなね?」
「うわぁ、まじで飼い主に似るもんだな」
「うっさい。餅詰まれ」
「うわ、ひでぇ」

 緊急警報が鳴ったのは太刀川と別れてボーダーで風間さん達と落ち合ってすぐだった。

―門発生、門発生 大規模な門の発生が確認されました

「思っていたよりも早かったですね」
「まじかぁ〜。ぼく今日見たいテレビあったんだけど」
「太刀川まじで詰まらせてないかな……」

 門発生を知らせる警報に、歌川くんと菊地原くんと私が三者三様のうわ言を吐くと「俺らも行くぞ」と風間さんが指示を出す。この前あったイルガーの襲撃から1ヶ月ちょっと。今回の敵は恐らくイルガーをこちらに派遣した国だろうといわれている。どんな事情があれ、第一次近界民侵攻以来の大惨事を巻き起こした相手だ。絶対に市民を守ってみせる。その為に私達ボーダーは居るんだ。

「……確かに、性格似てきたのかも」
「どうした、みょうじ」
「いや。私も、真面目になったものだなぁと思って」
「……真面目? お前が? ……俺から言わせれば……いや。今はよそう」

 ボーダーを受けたのは記念入隊くらいの軽い気持ちだったのに。今では市民を守る為に動こうと使命感すら感じてるなんて。人は変わるものだ。……風間さんからの視線は痛いけど。



「うわ、新型トリオン兵だって。向こうもよくやるよ」
「隊員を捕らえる……。恐ろしいことするな……」

 本部長から指示された東部地区へと向かっている途中、内部通信から入る対戦相手の情報に菊地原くん達が反応する。その言葉にまったくだと心の中で同意していると噂の新型トリオン兵が見えてきた。

「歌川、菊地原。笹森と堤を救出しろ」

 私達が現場に着いたのは、諏訪さんが新型トリオン兵に捕らえられた時だった。すぐさま指示を飛ばす風間さんに名指しされた2人がカメレオンを起動し、指示通りに動く。

「本部、こちら風間隊。諏訪が新型に食われた。直ちに救出に入る」

 諏訪隊の2人を抱え、距離を取った位置でトリオン兵と睨み合う。諏訪隊の交戦状況を見た限り、適度な距離を保ちつつ攻撃を仕掛ける必要がある相手だ。うまく連携しないと、諏訪さんみたいになってしまう。

「でも、このままじゃ引き下がれないです……!!」

 笹森くんが“俺たちがやる”という風間さんの制止に食い下がってまで戦いに参加したいという気持ちも分かる。隊長がやられたのだから、なおのことそう感じるのだろう。でも、風間さんの制止の言葉が全てだ。アタッカーの連携はガンナーよりもシビアで、ましてや私達風間隊はどの部隊よりも連携を要とする部隊。慣れていない人が入ると、助けられるものも助けられなくなってしまう。

「じゃあ勝手に突っ込んで死ね。それでおまえの役目は終わりだ」

 風間さんの言葉は正論だと思う。だけど、笹森くんはまだ16歳。その鋭すぎる言葉はさすがにこの状況で受け止めるのはキツいだろう。

「おまえは堤さんと他のトリオン兵を追ってくれ。諏訪さんはオレたちが必ず助ける」

 フォローしようと思った矢先に歌川くんがフォローに入ったので、私はスッと口を閉じる。……こういう所もウチの隊の連携の凄さだ。

「太刀川さん辺り、新型トリオン兵撃退数とか競いそうじゃない?」
「確かに! うっわ、俄然やる気湧いてきた!」
「ほら、やっぱり辺りが競いだす」
「ちょっと、それどういうイミ」
「それはホラ。ばかな人っていうか」
「トリオン兵より先にアンタを倒してやろうか?」

 ぎゃいぎゃいと16歳相手にやり合っていると風間さんから「みょうじ、お前が1番新型と接する機会が多いからな。油断するなよ。いざとなれば迷いなくお前を斬るからな」と釘を刺された。

 鋭すぎる言葉は私にも向けられる。……前まではその言葉に逆上してたっけな。このクソチビ! とか言いながら。今では「ウィッス」としか返せない。まったく、上手く飼われてしまったものだ。

「敵の数が多い。さっさと片付けて次に行くぞ」

 風間さんの言葉はとても鋭い。だけど、その言葉に対して行動が必ず伴っている。だからこそ、重みある言葉として相手に届くのだ。

「……了解!」

 新型トリオン兵。風間隊が1番乗りで撃退してやろうじゃないか。

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