出来かけの感情

 風間隊が復活して、遠征に行っていた間に考えた戦術をみんなに話して、試行錯誤を繰り返して。そうして数週間が経った。

 あの日から玉狛と大きないざこざも起こらず、平穏と言って良い日々だった。太刀川にはあの動画をほかの人に見せない為に何度かご飯を奢らされたけれど、風間さん本人もあの日のことを覚えていないらしく、どうにかいつも通りに接することが出来ている。

 そうして迎えた1月8日。今日は空閑くんと千佳ちゃんが正式にボーダーに入隊する日だ。元々見学に行くつもりだったけれど、風間さんも「迅の後輩がどんなものか確かめる」と言い出したので、風間隊のみんなで会場に向かうことにした。



「ボーダー本部長、忍田真史だ。君たちの入隊を歓迎する」

 会場に着くと、ちょうど忍田本部長が入隊する隊員達に檄を飛ばしている所だった。

「うわぁ……だよねぇ……」

 数ヶ月前に見たその姿に、どうしてあの時の私は忘れていたんだと呆れていると、隣に立っている風間さんの目線が刺さる。……返す言葉が見つからない。

「あれ……、クガって子、1,000スタート?」

 隣に居た菊地原くんが不思議そうに声を上げる。無理もない。迅くんが黒トリガーを手放す程の逸材が基礎ポイントからのスタートなのは、どう考えても不思議だろう。

「空閑くんがね、黒トリガーじゃなくてノーマルトリガーでの入隊を選んだんだって。なんでも、三雲くん達と一緒にチームを組みたいからって理由らしいよ」
「ふーん? まぁそれで本当に使い物になるのか見ものだけどね」

 可愛らしい理由を得意げに説明をしても、菊地原くんにはいまいち響いていない。まったく、小憎たらしい子め。

―記録 0.4秒

「うわぁ、0.4! 私の何分の何になるんだろ??」
「空閑が25回戦ってようやくお前の秒数と並ぶということだ」
「えぇ!? 空閑くんノーマルでもめちゃくちゃ強いじゃん! すっご!」
「あれが迅の後輩……確かに使えそうなやつだ」

 入隊訓練で空閑くんが出したタイムに驚く私と、頷く風間さん。菊地原くんは未だに「そうですか? 誰だって慣れればあのくらい……」とごちている。

「いいなぁ、三雲くん。空閑くんみたいな強い子が隊に居たら、心強いんだろうなぁ」

 向こう側で藍ちゃん達と見学している三雲くんを見つめ、ポロリと本音を零す。玉狛第2が上がってきたら面白いことになりそうだ。

「ちょっと行ってくる」
「え、風間さん?」

 空閑くんの周りが騒がしくなっている時、風間さんが階下に向かって歩き出す。行ってくるって……どこに? 急な動きに頭がついてこず、菊地原くん達と風間さんの背中を見送る。

「訓練室に入れ三雲。おまえの実力を見せてもらう」

 スタスタと歩いて行った先は空閑くん達の元で。しかも、訓練室に入るよう指示を飛ばしたのは空閑くんではなく、三雲くんの方。

「なんで? どうして三雲くんに絡み行ったの?」

 残された2人に訊いてみても、2人とも首を傾げるだけ。よく分からないまま、訓練室に入った風間さんと三雲くんを見つめて数分。2人の対戦回数は15回を超えた。

「普っ通ーすぎ。光るものがないよね。なんであんなやつに絡んでるんだろ、風間さん。あれならみょうじさんのがマシだったね」
「なんかその言い方ムカつくけど……。確かに、正直、三雲くんは特別強いって感じはしないかも」

 だからなおのこと風間さんが空閑くんじゃなく、三雲くんに絡みに行ったことが不思議だった。でも、風間さんと三雲くんの戦いは数ヶ月前の私を見ているみたいで、目を離すことが出来ない。風間さんは三雲くんの何を見ようとしているんだろう。それが気になって、その後の戦いもまじまじと見つめた。

「あ、終わったっぽい」

 風間さんが三雲くんを見下ろしながらスコーピオンを消す。結局、1度も三雲くんは風間さんの動きについて行くことは出来なかった。風間さんの表情もどこか浮かない顔だ。期待外れ、そんな顔つきをしているように見える。

「ねぇ、私と戦った時も風間さんあんな顔してた?」
「どちらかというと、嬉しそうでしたよ」
「へ、へぇ」

 歌川くんに当時の状況を訊いて、あの時の私は風間さんの期待に応えられていたのだと心なしか嬉しくなる。三雲くんには申し訳ないけれど、これは優越感というのだろうか。

「あれ、もう1戦するみたい」
「わ、ほんとだ。三雲くん、ドMなのかな……」
「でも、顔つきが変わったように思えますね。……風間さんも」
「……ほんとだ」
「ムリムリ。また瞬殺で終わりだよ」

 ラスト1戦がコールされた瞬間、それまでとは全然違う動きを見せる三雲くんの戦術に息を呑む。超スロー散弾……。これは私には考え付かない戦法だ。

「へぇ。カメレオンを封じたわけね。でも、カメレオンなしでも風間さんは強いけど、メガネはどうする?」
「あっ!」

 過去数戦とはまったく違う動きを見せる三雲くんを食い入るように見つめていると、スラスターでシールドチャージをかけだす。そしてあっという間に風間さんを壁際に追いやり、ゼロ距離でアステロイドをかましてみせた。

「まさか!」

 もくもくと立ちのぼる煙が引いていき、三雲くんと風間さん、両者のダウンが告げられる。

「……引き分けだ」






「あんなのと引き分けちゃダメですよ」
「そうだな。張り合ってカウンターを狙った俺の負けだ」
「みょうじ、三雲は確かに良いヤツだ。これからどこまで行けるか、楽しみだな」
「……え、あ。はい。……そう、ですね」

 風間さんと共に作戦室までの道を歩く。菊地原くんの小言も律儀に受け止めている風間さんが私に振り向いて、楽し気に言う。でも、その言葉に心から同意することが出来ない。

―自分の弱さをよく自覚していて、それゆえの発想と相手を読む頭がある。知恵と工夫を使う戦い方は俺は嫌いじゃない

 模擬戦を終えた風間さんの元へ行った時、風間さんが三雲くんに言っていた言葉。私はあそこまで具体的に風間さんから褒めてもらえてない。……実力を認めてくれているのは確かだ。じゃないと今私はここに居ない。でも、それでも、思ってしまったのだ。

「どうしたんですか、みょうじさん?」
「ううん、なんでもないよ」

 きちんと風間さんに褒めてもらったこと、私にはあっただろうか。

「元気がないみょうじさんってなんかキモい」
「……う、うるさい」

 こういう気持ちを人は、嫉妬と呼ぶのだろうか。

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