お帰りマイハウス

 遠征部隊が遠征先であるメノエイデスを出立したと聞いてから3日。久々に顔を会わせることが出来た風間隊に涙を浮かべて再会を喜んだ。

 歌歩ちゃんに抱き着き、はしゃぎあって。久々に聞く菊地原くんの小言さえも懐かしくて、頬っぺたをうりうりと捏ね繰り回してウザがられて。歌川くんには「みょうじさん綺麗になりましたね」と嬉しい言葉をもらい、今夜はみんなでご飯に行こう! と提案した矢先、「それは出来ない」と風間さんから断られてしまった。

「今夜、玉狛支部にある近界民の黒トリガー確保に向かうことになった。これからその作戦会議を行う。みょうじ、お前も来い」
「えっ……」

 風間さんの言葉に耳を疑った。迅くんから三雲くん達が玉狛支部所属になったことは聞いている。だから玉狛支部にある黒トリガーというのは空閑くんのことだ。それを確保するということは、強硬手段に出るということ。実際、帰還したばかりの最精鋭部隊を向かわせるというのがその証拠だ。

「それは……どうしても遂行しないといけませんか……?」
「何?」
「黒トリガー……空閑くんはとても良い子です。多分、玉狛に所属するからといってパワーバランスがどうとか、そういうことにはならないと思います。だから私は……玉狛を襲撃するのは嫌です」
「お前、遠征中に何があった?」

 風間さんの眉根に皺が寄る。その顔が怖くて顔を逸らす私に、「答えろ、みょうじ。理由を言わんと理解出来ん」と命令口調の指示が飛ぶ。

「い、色々ありました。小型近界民の駆除とか。……色々。その中で空閑くんや三雲くんと接して、すごく良い子だって感じたんです。だから私は、空閑くんや三雲くんと戦うのは嫌です。……ワガママだって分かってます。でも、それでも……嫌なんです……」

 理由らしい理由を述べることが出来ない私の言葉を静かに聞いていた風間さんは「……分かった。この任務、みょうじは来なくて良い。戦闘意欲がないヤツが場に居ても使えんだけだ」と冷徹とも取れる判断を下す。

「……すみません」
「みょうじがそこまで感じる相手だ。何かしらの理由があるのだろう。それを確かめる為にも、俺らは任務に向かう。みょうじ、お前はここで待機しておけ」
「……ありがとうございます」

 でも、本当は冷徹なんかじゃなくって、きちんと一隊員の意志を汲んだうえでの判断。迅くんの言う通り、風間さんはちゃんと受け止めてくれる。

「……飯はまた落ち着いてからだ」
「はい!」

 考えは人それぞれにある。でも、私はやっぱり派閥とかどうでも良い。風間隊に居れるのならそれで良い。私の居場所は風間隊だけだ。



 作戦室で歌歩ちゃんと共に待機して、精鋭部隊が待ち構えていた迅くんと嵐山隊に返り討ちにされたのを見届けた後。

 迅くんも黒トリガーを持っていたことにも驚いたけど、何よりも迅くんの強さをまざまざと見せつけられ、そっちの方が驚きだった。普段飄々としている彼は実はとても恐ろしい人物なのでは……? と寒気を抱えながら帰り道を歩いていた時、太刀川から「一緒に飲もうぜ」とラインで誘いを受け、その足を馴染みの居酒屋へと向けた。

「おー、なまえ。やっと来たか。まぁそこ座れ」
「太刀川、あんた迅くんにコテンパンにやられてたじゃん……って、風間さん!?」
「……なんだ、みょうじじゃないか」

 そこに居たのは太刀川のほかに、いつもの凛々しい表情とは打って変わって、頬を赤く染め上げ、目に力もない、別人のような風間さんだった。

「これ、何杯飲んだの?」
「いや、まだ数杯だけ」
「あらぁ……迅くんにやられたの、結構響いてる感じ?」

 おしぼりで手を拭きながら、ジョッキを握る風間さんを見つめると「迅め……まったくムカつくヤツだ」とこの場に居ない迅くんを睨んでいる。

「そうだ、なまえ! 聞いてくれよ! アイツ、SからAに降りてくるんだって! またランク戦が出来るんだぜ!」

 太刀川が嬉しそうな顔で私に話しかけると、私が驚くよりも先に「それもおもしろくない。全然おもしろくない」と風間さんが絡む。

「なんでだよー、またアイツとバチバチにやれんだぜ?」
「え、待って。迅くんがS級じゃなくなるって、どういうこと?」
「あー、S級隊員ってのは、黒トリガー持ちの階級なんだよ。で、迅は空閑をボーダーに入れる条件として、自分の黒トリガーを手放したってわけだ」

 太刀川に事情を訊いて少しだけ驚く。確かに、空閑くんや三雲くんは良い子だけど、迅くんが黒トリガーを手放してまでボーダーに入れたがるなんて。そこまでの人材ということなのか、空閑くん達は。

「大体、どうしてみょうじまで玉狛の肩を持ったんだ。迅に“なまえさんも反対したんでしょ?”などと言われたが、結局俺は迅の後輩に会えんままだしな。理由が分からんことにも腹が立つ。というか、お前は俺の隊だろう。俺の肩を持つべきだ」
「へっ? か、風間さん?」

 作戦室で言われた言葉と正反対の言葉を言う風間さんに困惑していると、「あー、こりゃそうとう悪酔いしてるわ」とおかしそうに太刀川が笑う。いや、笑ってないでどうにかしてよ。なんて返せば良いの、こういう場合。

「なんだ、お前は俺のことがまだ嫌いなのか?」
「い、いや別に、嫌いとかじゃなくて……」
「遠征に連れて行かなかったことを拗ねているのか?」
「だから違うくて、」

 これ、どうしたら良いの? チラリと太刀川に視線を向けてもニヤニヤした顔を浮かべるだけで、手助けしてくれる気配はこれっぽっちもない。

「俺に会えないのが寂しかったのか?」
「そ、それは……」
「そうか。それは、俺も一緒だ。みょうじに会えないのは寂しかったぞ」
「〜っ、太刀川!」

 あろうことか太刀川はスマホで風間さんの泥酔姿を録画している。本来ならばそれに良くやったと言ってやりたい所だけど、今回ばかりは止めて欲しい。

「早くみょうじの元に帰らねばという思いで今回の遠征を乗り切った」
「あの、えと……」
「数週間ぶりに見るみょうじはやはり綺麗だな」
「っ! そ、それ以上は勘弁して下さい……!」

 その動画には風間さんとは別の意味で顔を真っ赤にした私までもが録られているだろうから。

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