月夜の不審火

 第三中を出て本部に行くまでの間、藍ちゃんはずっと不機嫌だった。聡明な彼女が、得体もしれないフワフワくんに論破されたのだから無理もない。藍ちゃんは間違っていない。でも、フワフワくんが言っていることも間違いではない。

「難しい所だ……」

 風間さんならどうするんだろうと思い悩みながら、残った時間を訓練の時間に充て訓練室から出た時。街に再びイレギュラー門が開かれ、見たことのない近界民が出現していたことを耳にする。どれだけ忙しい日なんだと慌ててロビーに顔を出すと迅くんと鉢合わせ、そこで夕方に現れた近界民に関しては藍ちゃんと三雲くんが処理したと告げられた。

「三雲くん、良い子なんだけどなぁ」
「なんだ、なまえさんも会ったことあるんだ?」
「え、迅くんも会ったことあるの?」
「まぁ、ね」
「にしても三雲くん、1日に2回も隊務規定違反しちゃったらさすがに厳しいかもなぁ……」
「んー、まだなんとも言えないけど。とにかく、俺、頑張ってみる」
「うん?」

 じゃあね〜と手を振る作業の流れで、私のお尻に触れようとした迅くんの手が止まる。「……あっぶな。殴られる未来確定する所だった」と安堵して去って行く迅くん。
 迅くんはよく分からない。……でも、なんにしても私は三雲くんみたいな隊員は好きだ。例えルールを破ったとしても、彼のような隊員に処罰が下るのはおかしいと思ってしまう。

 藍ちゃんの再来と謳われていたこともあるけれど、やっぱりこういう所を理解出来ない私は藍ちゃんのような凛々しさも聡明さも持ち合わせていないのだと実感する。

「風間さんならどんな答えを出すんだろ」

 こんな時、風間さんならどんな言葉を藍ちゃんに投げかけるのだろう。……やっぱ1人って寂しい。



 三雲くんの処罰が気になったのもあって、私は中々帰れないでいた。残った所で三雲くんの処遇を知る人に訊くことも出来ないのだけども。中庭でホットコーヒーで暖を取っていると、「やー、なまえさん。今日はよく会うね」とまたしても迅くんと鉢合わせた。

「ぼんち揚げ、食べる?」
「あ、ありがとう」
「メガネくんのこと気になってるの?」
「三雲くんというか、藍ちゃんというか……なんというか」
「多分大丈夫だよ。木虎もメガネくんのこと、ちゃんと認めてたっぽいし」
「えっ、そうなの?」

 “夕方の1件においては三雲くんの救助活動の功績が大きいと藍ちゃんが上に報告していた”と迅くんから聞かされて、胸を撫でおろす。良かった……、やっぱり藍ちゃんは聡明な子だ。

「大事なキーパーソンだからね。メガネくんは」
「え?」

 迅くんは時々読めないことを言う。それが未来が視えるというサイドエフェクトがもたらす言葉なのか、はたまた迅くんの性格なのか。それが分かるほど私は迅くんと親しくない。

「あぁそれと。イレギュラー門のことも明日には解決するっぽいし。そこも安心して」
「えっ!? ほんと?」
「あぁ、俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
「良かった〜……!」
「あはは。なまえさん色々なこと本気で心配してるんだ。良い人だね」
「だって、風間さん達が居ない間にこっちに何かあったら嫌じゃん」
「へぇ。確実だね」
「ん?」
「ううん、なんでもない。明日は午後から大仕事あるし、今日はもう帰った方が良いよ。なまえさん、大学に寝坊する未来も有り得るから」

 迅くんの言葉に慌てて腰を上げると迅くんがケラケラと笑う。「なまえさんって可愛らしいね」なんて小バカにするような口調で笑ったかと思えば、さも当然とでいうような流れで私のお尻を撫で上げる。

「ちょっ!? もうしないって言ってなかった!?」
「あちゃー。ごめん、つい。……あー、そっちが確定しちゃったか」
「迅くんって意味分かんない。……でも、まぁ。三雲くんの1件頑張ってくれたみたいだし、今日は多めに見るよ。じゃあねまたね。……あ、次はマジでないからね!」

 迅くんの目をみて釘を刺すと両手を上げてみせる迅くん。私に迅くんのサイドエフェクトがあれば、迅くんの未来を視てやるのに。そして、全女子隊員に対するセクハラをする未来を潰してやる。

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