歯車スタートデー

 テレビ出演を無事に終え、嵐山隊を良く知るディレクターさんから“きみは嵐山隊の新入りか”と詳しく訊かれ、それの対応も終えて社外へと出た時、嵐山くんに本部から通信が入った。

「えっ!? 第三中学校? ……分かりました。直ちに向かいます」
「どうしたの嵐山くん」

 通信を切った嵐山くんの顔に焦りが浮かんでいて、それが只事ではないと知らせている。またイレギュラー門関係の問題だろうか。

「三門市立第三中学校校内にてイレギュラー門発生。現在対応出来る部隊は嵐山隊のみとのこと。みょうじさん、申し訳ないが一緒に来てもらえますか」
「勿論。今日1日私は嵐山隊所属だし。中学校なら急ごう」
「助かります」

 地面を蹴って第三中への最短ルートを駆け出す嵐山くんの後を追うようにして私も地面を蹴り飛躍する。……なんだか嵐山くんがいつも以上に焦ってる気がするけど。大丈夫だろうか。

「嵐山さん第三中に弟妹が居るんです。だから心配なんだと思います」
「そうなんだ。じゃあなおのこと急がないとだね」

 時枝くんの説明によって嵐山くんが慌てる理由が分かり、私も踏み込む足に力を籠めようとした時。嵐山くんが後ろを振り返って「充、頭を冷やしたいんだ。悪いが前を走ってくれないか」と速度を落とした。

「分かりました」

 そして、そう言われるのが分かっていたかのように時枝くんが前へと出て舵を取る。

「すごく良い部隊だね」
「ええ。その自負はあります」

 隣を走っていた藍ちゃんに耳打ちすると、すごく良い笑みを向けられる。……あぁ、良いな。こういう部隊、やっぱり大好きだ。

「風間隊もすごく良い部隊になりましたよね」
「えっ、そう? そう見えてる?」
「ええ。なまえさんが太刀川隊ではなく風間隊所属になったと聞いた時は驚きましたけど。今ではピッタリの部隊だと思ってます」
「うへへ。そう言ってもらえると嬉しいな。……とにかく。風間隊代表として、嵐山隊に精一杯加勢するからね」
「ありがとうございます」

 そこで言葉を切って、第三中に向かって走ることに専念する。私たちも嵐山隊みたいな部隊に周りからは見えているということが分かって嬉しい。今ならどんな近界民でも倒せそうだ。



「これは……もう終わってる……!? どうなってるんだ……!?」
「嵐山隊、現着しました」

 急いで駆け付けたといっても、門発生から10分程度は経ってしまっていた。第三中が見えるなり、嵐山くんが勢いよく地上へと降り立ち、状況を把握しようとする。門から現れたであろう近界民は既に綺麗な太刀筋で一刀両断されていて、訊けば負傷者も出ていないという。

「これは……一体誰が……!?」

 嵐山くんの声に生徒が一斉に1人の男子生徒へと視線を向ける。

「きみか……?」
「C級隊員の三雲修です」

 全生徒、そして嵐山くんの視線を真っ向から引き受けながら名乗りを上げた三雲くんという男子生徒は、冷や汗を浮かべながら自分がC級隊員であることを自白した。
 C級隊員は訓練生。訓練以外でのトリガー使用は許可されていない。彼はルール違反を犯したことになる。そして、眼鏡の奥にある瞳はそれを自覚し処罰も覚悟の上であることを物語っている。

「そうだったのか! よくやってくれた!!」
「……えっ!?」

 正直言って私も嵐山くんと同じ意見だ。目の前に救える命があって、自分にはその為の武器があるのだとしたら、ルールは破って良いと思う。……多分、風間さんもそうするだろう。

「うお〜っ! 副! 佐補!」

 嵐山くんが自分の弟妹を見つけらたらしく、そっちに向かって涙を流しながら駆け出す。その顔はメディア向けじゃないな、なんて苦笑を浮かべていると、時枝くんが「おれ、現場調査してきます。あれ、暫くかかると思うんで」と全てを見通したように処理にあたりだす。……あぁ、あれも嵐山くんの素ってことね。

「なんかいいやつっぽいなアラシヤマ」

 嵐山くんのシスブラコンぶりを微笑ましく眺めていると、三雲くんの近くに居たフワフワ頭くんがそんなことを言う。うん、分かる。全身から良い人感出てるよね、嵐山くん。

「……どうも」
「こんにちは」

 フワフワくんに賛同するように視線を送っていると、その視線に気づいたフワフワくんが口を尖らせながらお辞儀を返してきた。……なんか、あれくらいの身長の子を見てると風間さんを思い出すな。いや、風間さんのが高いか? どうだったっけな? あれくらいだったかも……?

「彼がしたことは明確なルール違反です、嵐山先輩。違反者をほめるようなことはしないでください。C級隊員に示しをつけるため、ボーダーの規律を守るため、彼はルールに則って処罰されるべきです」

 藍ちゃんが三雲くんのことを厳しく断罪している。嵐山くんのフォロー虚しくも、藍ちゃんの方が正論だ。言っていることは間違っていない。……けどこの場合は……。

「ニホンだと人を助けるのにもだれかの許可がいるのか?」

 どうしたものかと悩んでいると、先ほどのフワフワくんが口を挟んでくる。“ニホンだと”というその口ぶりが気になったけれど、私が口を挟む暇もなく藍ちゃんがその言葉に応戦した為、私は動向を見守ることにした。

「……ていうかおまえ、オサムがほめられるのが気にくわないだけだろ」
「何を言ってるの!? わっ……私はただ組織の規律の話を……」
「ふーん。おまえ……つまんないウソ、つくね」

 その瞳に藍ちゃんが息を呑むのが分かる。そして、それは私も同じ。この子は一体……。

 結局その場は現場調査を終えた時枝くんがうまく纏めて、三雲くんが学校終わりに本部に出頭することで話は着いた。そうして私も今日の出来事を報告する為に嵐山くん達と本部に戻り、臨時嵐山隊としての役割を終える。

 あのフワフワくん、決して悪い子ではなさそうだったけれど……。やけにトリガーについて詳しかったし、藍ちゃんの本音を見抜いていたようにも思えた。あの子は一体、誰なんだろう。

 その疑問は次の日には解決することを、この時の私はまだ知らない。

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