ゆるやかな一撃を

 フワフワとした浮遊感がまだ体を覆っている。その浮遊感が心地良くて、ゆりかごに乗せられた赤ちゃんはこういう感覚なのだろうかと覚醒しきっていない脳で思ってみる。それに、頬に当たる人肌が心地良い。まるで誰かに抱かれているかのような安心感だ。

「みょうじ。お前の家はこの辺りと訊いたが、詳細教えてくれないか」
「んー……太刀川なら言わなくても分かってるでしょ〜?」
「生憎俺は太刀川ではないんでな。住所言ってくれ」
「もぉ〜……バ川め……三門市――……」

 太刀川の背中には何度かお世話になったことがある。なのに今回は住所を尋ねてくるもんだから、太刀川のばかさ加減には呆れたものだと、文句を言うようにして住所を告げると再びゆりかごのような浮遊感が漂いだす。それにしても今日の太刀川はいつもより少し小さいな? まるで風間さんのようだ。

「風間さんにおんぶされてるみたい……」
「みたいではなく、」
「なんか、いつもと違って落ち着く……。なんで?」
「……」

 疑問を口にしてみても、それに対する答えは聞くことは出来ない。太刀川に訊いた所でもらえるはずもない疑問だし、仕方ないけど。それにしてもさっきから風間さんの声もしている。風間さんもいつの間にか合流していたのだろうか。

「後少しで着く。それまでもう少し寝ておけ」
「はぁい……」

 意識のどこかで聞こえた風間さんの声に、私は再び夢の中へと意識を落としていった。



「家の鍵あるか?」
「ん〜?」

 次に意識が覚醒したのは、風間さんが私に呼び掛けてきた時だった。……というか。

「あれ、太刀川は……? えっ、なんで私風間さんに背負われてるんですか?」
「……そこはこの際いいだろう。早く、家の鍵を出せ」
「え、あ。はい」

 ずっと居ると思っていた太刀川の姿はそこにはなく、あるのは私を背負う風間さんの後ろ姿だけ。しかも、風間さんは私から鍵を奪うなり遠慮なく家のドアを開ける。

「え、あの……」
「邪魔するぞ」

 意識が覚醒するなり押し寄せてくる様々な疑問や出来事に水をぶっ掛けられたような勢いで酔いが醒めてゆく。
 なによりもまず、人を家にあげることを想定していなかった。そこが1番意識を覚醒させた。というかなんで風間さんが? 声がするとは思っていたけど。太刀川はどこ?

「あの、その……ありがとう、ございます」
「酒は程ほどにしておけ」
「は、はい。すみません。……えっと、」

 私をベッドに降ろし、すぐ側の床に座る風間さん。脳内がパニックだけど、ひとまず「お茶でも……どう、ですか?」と客人をもてなす為の言葉を口にする。

「いや。すぐに帰る。許可を得て邪魔したわけではないからな。それに随分酒臭い。明日は非番だ。ゆっくりしておけ」
「は、はぁ……。風間さん、いつから居ました?」
「お前を居酒屋から送っただけだ」
「えっ!? それだけの為に?」

 確かに道中風間さんの声がするなぁとは思っていたけど、まさか本当に風間さんが送ってくれていたとは。……あれ。私結構やばいこと口走ったような気がする。なんて言ったっけ? うわ、どうしよう。思い出せない。

「いいや。理由は他にもある」
「ほか?」

 今度はグワングワンしだす頭を抱えていると、風間さんの言葉が私の思考を一旦停止させてみせた。

 風間さんが今ここに居る理由――それを知りたくて風間さんを見つめれば、風間さんも同じように見つめ返してくる。

「会議でみょうじを遠征に連れて行くべきかという議題になった時、太刀川などは連れて行くように進言していた。俺も正直異論はなかった。しかし、それでも上層部は万が一を考えお前を連れて行くことを懸念した。……そして、最終的には上の意向を飲み込む形でお前の残留を引き受けた。それを聞いたお前が悲しむことを承知の上でだ。迅が何も言ってこないのを見る辺り、大丈夫なのだろう。……それでも、心配になってしまった。未来は決して確実ではないからな。……ただ、それは俺の不安要素を払拭する為の判断だ。だから、みょうじには悪いことをしたと思っている。本当にすまない」

 赤い瞳は揺らがない。今言った気持ちが全て。私に対して本当に悪いと思っている。そして、その判断を下したことを自分自身でしっかりと受け止めている。それが風間さんの――隊長としての判断。

「私を想っての判断だってこと。ちゃんと理解しました」
「……いや、これは」
「良いんです。風間さんが決めた判断なら従います。……昼間は大人気ない態度取ってしまって、すみませんでした。色々とありがとうございます」

 そして、その判断を下したことを部下の元を尋ねてまでして謝ってくれる。ここまで部下を思いやる隊長はそうそう居ない。……私はとても良い上司を持った。
 そんな思いで風間さんに言葉を返すと、意図を汲んでくれたのか、風間さんの表情も和らぐ。

「次の遠征は必ずお前を入れた正規人数で行くからな」
「はい。分かりました。風間さん達が遠征行ってる間も私、訓練続けますから。帰って来た時に風間さんをビックリさせられるくらい強くなります」
「そうか。期待しておこう」
「だから、風間さん。絶対、帰って来て下さいね。みんなに何かあったら私、耐えられませんから。みんなと離れ離れになるの、本当はやっぱり寂しいんですからね」
「あぁ、分かった」
「私、風間さん達が大好きです。」
「……あぁ、分かった。……そろそろ俺は帰る。今夜は冷え込むからな。温かくして寝ろ」

――じゃあ、おやすみ

 そう言って私の頭を軽く撫でて部屋から出て行った風間さんに、お礼を言うのを忘れてしまっていた。……その表情が上司のソレとは違う表情だったから。思わず息を呑んでしまった。

「……彼氏みたいだった」

 まるで愛おしい存在を見つめるような、そんな表情を向けられて呑気に言葉を返せる程私は図太くない。
 いや落ち着こう。今私はお酒を入れている。風間さんの瞳が熱っぽく感じたのはお酒のせいだ、多分。こういう勘違いは1番恥ずかしいヤツだ。……よし、お風呂に入ろう。そうすればバクバクうるさい心臓も幾分の落ち着きを取り戻してくれるはずだ。

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