棘の手ほどき

 風間さんは指導というワードがつくものであれば容赦がないということを身を持って実感した私は、無事にレポート提出完了という偉業を成し遂げた。その道のりははるか遠く、もういっそのことレポートなんて出さない方が楽なのでは……? と思ったこともあった。まぁ、そんな考えを自分の師が許すはずもなく。どうにか無事に単位取得のめども立ち、これで後は遠征というお楽しみイベントを迎えるのみとなった。

「今回の遠征、お前は残留となった」

 修学旅行までの日数を指を折りながら数えていた遠き日の思い出をなぞっていた私に、風間さんは笑えない冗談をかましてくる。

「もしかして……太刀川なの?」
「意味が分からん」

 いつぞやの太刀川のような質の悪さに、換装を使った新手のドッキリかと思い目の前の風間さんらしき人を見つめる。……口調といい、不機嫌そうに眉根を寄せる感じといい、この人は間違いなく風間さんだ。

「じゃあ……その話、マジですか?」
「こんなつまらん嘘を吐いてどうする」
「そんな……! じゃあなんの為に私はレポート頑張ったんですか!」

 事実と受け止め、風間さんに泣きつく。だってあんまりじゃないか。遠征をご褒美にレポート作成をしてきたというのに。風間さんの鬼みたいなスパルタ指導に耐えたのに。ご褒美だけお預けだなんて……。私は一体なんの為に……。

「学業の為だろうが」
「違います! 遠征の為です!」

 言い切る私に風間さんが溜息を吐く。普段なら「大学生という身であるのならば――」と息をするようにお説教が始まる所だけれど、それすらも出来ないということだろう。でも、どれだけ風間さんを呆れさせようとも、私にとってはそれが1番の理由だ。それを奪われるというのは、私を絶望させるには充分過ぎる程の理由になる。

「もう良いです……。勝手に行けば良いじゃないですか」
「みょうじ」
「私が居なくても、元々居た3人は行けるんだし。風間隊としての戦力はそう変わらないんじゃないですか? だから私は外しても良いって話になってるんだろうし。良いですよ、別に」

 ソファの上で体操座りをする私を風間隊のみんなが見つめている。菊地原くんなんかは「あー、拗ねた。大人気ないね」なんて余計な一言を送り付けてくる。うるさい。行ける側の人間が何を言っても今の私には何も届かない。ばかにしたければすれば良い。

「みょうじ、遠征に行けないことをお前が残念だと思う気持ちは分かる。だが、「大学にはちゃんと行きます! 単位だってちゃんと取る! たとえ遠征に行けなくても! それで良いでしょ!?」
「おい、みょうじ!」

 私以外の隊員は遠征に行ける。それがグルグルと頭を渦巻き纏わりついてくる。そうなればこの作戦室に居たくなくなってしまって、風間さんの言葉を遮るように言葉を被せ、挙句の果てには作戦室から逃げ出してしまった。



 本当はちゃんと分かってる。菊地原くんはああ言いながらも本当は残念がってくれていることも、歌川くんが心配そうに私を見てくれていたことも、歌歩ちゃんが私と一緒に遠征に行けるのを楽しみにしていてくれたことも。私だけを置いて行くというのが風間さんの方針でないことも。分かっているけど、それを踏まえた上で今回の判断を受け入れられない。

 私は菊地原くんが言うように、大人気ない。でも仕方ないじゃん。みんなと近界に行くの、すっごく楽しみにしてたんだし。

「おー、任務中でもねぇのに狂犬面してんな。どうした? あ、もしかして。風間さんから遠征メンバーから外されるの、聞いた?」
「……太刀川。今日、飲み行くよ」
「……ウィッス」

 どうしようもない時は酒に頼るに限る。酒で全てを忘れてやる。今日は朝までコースだと目で訴えると「俺、明日解説頼まれてんだけどなァ〜……」と柔なことをほざく。はぁ、そうですか。だから? 解説っていっても、昼からの部でしょ? ……というか。

「あんたは遠征、行けるんだよね?」
「……とことん付き合わせて頂きまっす」

 これが八つ当たりだということも自覚している。それは太刀川だって分かっていること。でも、それでも太刀川はそこは突っついてこない。太刀川なりに気を遣ってくれているのだろう。友人のそういう優しさに触れて、やさぐれた気持ちが少しだけ癒される思いがした。あとはお酒を飲んで荒療治だ。

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