急がば回れ

 最近、風間さんが会議で抜ける回数が増えた。それは太刀川も同じようで、大学で姿を見る回数が減っている。なんでも、12月の頭辺りからボーダー最精鋭部隊で遠征に行く話が出ているらしい。

 ボーダーに入って2ヶ月も経つとある程度の知識が身に付いてくる。遠征とは三門市に現れる門の、その向こう側にある近界にこちら側から向かうことだ。

 敵国に行くということは、三門市に現れたネイバーと同じように攻撃を受ける可能性もあるということ。そして、遠征艇には莫大なトリオンを使用するので、遠征は少数で行うのが基本。となると、必然的に選ばれるのは優れた部隊のみ。ちなみに、私が所属するのは風間隊。トップ3に入る部隊だ。

 今回の遠征にはきっと私も行ける。そう思うと心が湧き立つ。近界がどんなものなかのか、とても興味がある。私がボーダーに入隊したばかりの頃、太刀川がチラっと言っていた遠征先での話も、色んな知識が付いた今ならどれも面白い物語として再生される。それを実際に自分の目で見れるのだと思うと、今から遠征が待ち遠しい。

「おーなまえ。レポートやってんのか? 大変だなぁ」
「そういう太刀川こそやばいでしょ。アンタ単位まじで大丈夫なの?」
「俺はボーダーを理由にどうにかなるからな」
「いやいや、それなら私だってどうにか出来るでしょ」
「まぁ、そこはホラ。俺と、なまえのボーダー貢献度の違いっていうか?」

 食堂で食事をして、そのままレポート作成を行っていると会議を終えた太刀川がトレイにうどんを乗せて現れた。私と同じくらい――いやそれ以上に頭が悪い太刀川がここまで呑気でいられる事実に、この世の不条理さを嘆きたくなる。こちとらレポート終わんなくて泣きたいくらいだっていうのに。

「というか俺、レポートもう終わってるし」
「はぁ!? 嘘、いつやったの?」
「遠征の話が出たから本気出した」
「……うっわ。そういうのマジでないわ」

 そういうのを抜け駆けというんだ。分かってるのか太刀川め。どうせ太刀川も仲間だろうと思って楽観視していたのに。私はレポート仕上げないと単位がやばい。……というか、このままだと遠征の話もなくなるのでは……。そう思ったら途端に焦りが湧き起こってきた。一刻も早くこのレポートを仕上げねば。

「勉強とか、高校の時はよく忍田さんに教えてもらったっけなぁ」

 太刀川は焦燥に身を焦がす私など見えていないのか、うどんを咀嚼しながら呑気に思い出を語っている。

――シノダさん

 その名前を私は知っている。けれど、どこで聞いたかを思い出せない。この現象、迅くんの時にも味わった気がするな。……さて、シノダさんとはどこの誰だったか。よく思い出せないけれど、とりあえず“シノダさん=頭が良い”ということは分かった。

「ねぇ、シノダさんってどこに行けば会える?」
「ん? 忍田さんなら本部に居ると思うぞ」
「私、ちょっと教えてもらってくる」
「は? マジで?」
「だって、シノダさんって頭良いんでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
「じゃあシノダさんに教えてもらうのが手っ取り早いじゃん! じゃ、そういうことだから! 太刀川、私の分も戻しておいてくれる? ちょっと行ってくる!」

 善は急げとよく聞く。だから、思い立ったらすぐに行動だ。筆記道具を持って駆け出せば「あ、ちょっ。おい!」と声を荒げる太刀川の声が後ろから聞こえる。それには振り返らず、駆け足で目的地へと突き進む。思い立ったが吉日とかも聞いたことあるなぁ。……うん、良い感じだ。頭が冴えている。そうやって自分自身を褒めて歩いた数歩。エレベーターが見えた段階で私の足が止まった。

「で、どこに行けば良いの……?」

 “本部に居る”と言っていたけれど、本部のどこなんだろう。この広いボーダー本部のどこかと言われても、かくれんぼをするには広すぎる程の基地で、なんの当てもなくどこを探せばいいのだ。まったく太刀川め。ちゃんとどこに居るかくらい言ってよ。……仕方ない。もう1回食堂に戻るか。

「どうかしました?」
「あ! 嵐山くんだ! うわすごい、本物!」
「ははは、どうも。初めまして、嵐山と申します」
「初めまして! テレビでよく見させて頂いております」
「それは光栄です」

 エレベーター付近でくるくると方向転換を繰り返していた私を偶然通りかかった嵐山くんが見つけて、声をかけてくれた。さすがボーダーの顔。親切の塊だ。
 嵐山くんはとても親しみ易い雰囲気が出ているのと、藍ちゃんが所属する部隊の隊長なのもあって妙な親近感が湧く。

「ねぇ、シノダさんってどこに居るか分かる? 太刀川から本部のどこかに居るって聞いたんだけど」
「それなら丁度良かった。俺も今から用があるんです。良ければお連れしますよ」
「わー、良いの? 助かる! ありがとう! さすが嵐山くん!」
「では、行きましょう」

 はしゃぐ私に微笑みを返し、エレベーターの上昇ボタンを押す嵐山くん。隣に立って横顔を見つめてみても、その横顔はやっぱり整っている。メディア活動をするには持ってこいの顔面だと思う。もし、私が嵐山隊に所属していたら、嵐山くんが隊長だったのか。……私、嵐山くんなら“隊長”って呼べるかも。

「さ、行きましょう」
「ありがとう。嵐山隊長」
「え?」
「あ、ごめん。間違えた。いや、間違いでもないんだけど」
「ははは。みょうじさんはやっぱり面白い方だ」
「え、何それ。やっぱりってどういうこと?」

 嵐山くんと話しながらエレベーターに乗り込む。その会話に夢中で、風間さんがその場を通りかかっていたことも、そのやり取りを見ていたことにも気が付いていなかった。

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