ロマンス開始の密約書

 体育館に着いて更衣室に向かって行った先輩をソファに座って待っていた時。

「あらあらサームラさん。あらあらあら」

 更衣室から出て来た先輩の横には不思議な髪型をした、スラリとした長身の男性が立っていた。その男性は私を見つめながらニヤニヤしている。

「えと……?」

 初対面でニヤニヤとした顔を向けられて、どうすれば良いか分からずにいると「うるさいぞ、クローくん」とその男性の肩に手刀を落とす。

「痛っ! ちょ、右肩は反則!」
「うるせぇ。身長伸び続けやがって。俺なんか高3辺りでストップしてんだよ」
「確かに。数年前に比べて縮んだ?」
「だから、黒尾が伸びてるんでしょうが」

 あらあらそれは失礼致しましたわ。オホホホ。なんて高くない声で高笑いをしてみせる黒尾さんという男性に私は終始ポカンとしてしまう。……キャ、キャラが強過ぎる……。この人は一体?

「ごめんな、みょうじ。コイツ時々ぶっ壊れんだ。気にしないでくれ」
「あ、いえ。大丈夫です。あの、初めまして……。みょうじなまえです」
「あー、挨拶もせずにごめんね? 俺は黒尾鉄朗です。今日サームラくんのチームと戦う相手です。どうぞお手柔らかに」

 てことは、もしかして……。

「ライバルさん、ですか?」
「あら嬉しい。サームラさん俺の事ライバル認定してくれてるのね」
「……あれ? 違いました?」

 手先を揃えた状態で口元を覆う黒尾さんはなんというか、澤村先輩とは真反対のタイプに思える。もしかしたら違う人なのかもと思った私に澤村先輩が「合ってるよ」と溜息混じりに応えてくれる。

「おい黒尾。いい加減そのキャラやめろ。みょうじに俺の知り合いは変なヤツだと思われるだろうが」
「へーい。だってサームラくんが女の子連れてくるなんて俺ビックリしちゃってさー。連れて来てくれるんなら言ってくれよなー。もっと、こう……ビシっとしてきたのに」
「なんだよビシっとって」
「ビシっとはビシっとでしょうが」
「訳分かんねぇ」

 付き合いの長さがそうさせるのか、漫才の様に掛け合いを繰り広げていく2人に思わず笑ってしまうと、黒尾さんが私に歯を見せて不敵に笑ってみせる。

「今はこんなんやってふざけてるけどさ。試合は俺ら音駒チームの圧勝だから。まぁ楽しんでってよ」
「ねこ……?」
「おい何言ってんだよ。勝つのは俺ら烏野だ」
「ハハハ。何を仰いますか」
「からす……?」

 ネコとかカラスとか。それは一体何なのか訊きたいのに、目の前の2人は誰も寄せ付けないような怖い雰囲気を醸し出していて、それは叶わなかった。ただでも、慇懃な笑みで握手をする2人からはどこか楽しそうなオーラも感じ取れて、それが私の心を擽った。

 先輩達の試合、早く観たいなぁ。



 野太い声に、甲高い音で床を蹴るシューズの音。それらが体育館の中でリズム良く鳴り響いている。私はその空間で時間を忘れて食い入る様にコートの中を見つめ続けていた。

「シャア! 上がった!」
「チャンスボール!」
「ナイスワンチ!」
「サッコォーイ!」

 1セット目と2セット目は澤村先輩率いる烏野チームの勝利、そしてそこから3セット4セット目は追い上げてきた黒尾さん率いる音駒チームの勝利、そして迎えた5セット目。このセットを抑えた方が今日の練習試合の勝者となる。だから両チームともどのセットよりも力が籠っているのが分かる。

 バレーってこんなに面白かったっけ。ボールが上がるだけでこんなに心躍ったっけ。セッターにボールが綺麗に返るだけでこんなに感動してたっけ。スパイクが決まるだけでこんなにはしゃいだっけ。

 目の前で行われているバレーは私にとって初めて観るバレーだった。こんなに白熱しながらスポーツ観戦をしたのは生まれて初めてだ。これが練習ならば、本番はもっと凄いんだろう。そんな事を思いながら、コートに立つ澤村先輩を応援し続けた。

「大地!」

 セッターの人が澤村先輩の名前を叫び、それに合わせて澤村先輩が助走を行う。

 私が行った助走とも全然違う踏み込みで、スパイクモーションだって綺麗で。何より、ボールを追う先輩の顔つきがもの凄く楽しそうで。この人は全力で今を楽しんでるんだって事がひしひしと伝わってきた。

−ピピーッ

「オェーイ!」

 澤村先輩のスパイクが決まって、それが試合を決する1点となり、練習試合は烏野の勝利で終わる。

「おーい! みょうじー! どうだ、楽しかったかー?」
「はい! すっごく、すっごく楽しかったです! 先輩も格好良かったです!」

 コートの中から手を振ってくれた先輩に私も大きな声でそう答えると、ピシリと固まってしまう先輩。そんな先輩を周りの人が小突いて、そしてその人たちに澤村先輩が声を荒げて。また周りが笑って。

 試合が終わっても、音駒チームの人も含めて楽しそうにしている姿に私もつられて笑ってしまう。

 仲間に囲まれて皆で汗だくになりながら笑っている先輩を、私は改めて格好良いと思った。

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