ちからのみなもと

 教えて貰っていた居酒屋に辿り着いた私を見るなり、真矢先輩が「場所を変えましょう」とすぐさま行動に移してくれて、行きつけだというバーで個室の手配をしてくれた。

 全て、私が泣く事を見越しての行動だ。その行動に甘えて、私は2人の前で嗚咽混じりに談話室で言われた事を話し、抱えていた怒りや悲しみを吐き出した。

「やっぱり、クソみたいな会社ね」
「……多分、T課に関してだけだとは思うぞ。あそこは結構荒んでるからな」
「まぁ、そうね。……それにしても部長はやっぱり葛原の肩を持つのね。……まったく」

 過去にもひと悶着あったらしい真矢先輩は、私の話を聞いて正臣さんに対する文句を吐いた後、今度は部署批判へと移っている。私の為に、ここまで怒りを露わにしてくれる人が居るというのは、それだけで救われる存在だ。泣き続けて、真矢先輩に涙を拭いて貰って、幾分の落ち着きを取り戻したのを見計らって、澤村先輩が口を開く。

「みょうじ……、なんて言えば良いか、俺にはうまい言葉が浮かばねぇんだけどさ……。絶対、負けんなよ。試合もそうだけどよ、勝とうとしなきゃ勝てないんだから」
「澤村くん、あなた、慰めるの下手なのね」
「っ、だから、うまい言葉が浮かばないって言ったろ?」
「にしても勝つとか負けるとかじゃないでしょ」
「〜っそんなの分かってるけどよ……!」

 真矢先輩が苛々が収まらないのか、澤村先輩に喰ってかかっている。そして澤村先輩はタジタジだ。そんな2人が可笑しくて堪らない。この2人と居ると、気付けば私は笑い声を上げている事が多い。

「みょうじが笑ってくれるのは嬉しいけどさ、今は助けに入ってくれねぇか?」
「あ、すみません……」

 私が笑った事に澤村先輩が安堵の表情を浮かべたのも束の間で、その瞳がジト目へと変わる。澤村先輩が真矢先輩には敵わないのと同じで、私は澤村先輩には敵わないのだ。

「えと……その……。澤村先輩の言葉、私、すっごく嬉しいです。……負けません。絶対に」
「おう、みょうじは強いからな。でも、1人で頑張るんじゃねぇぞ。辛い時は今みたいに俺らを頼ってくれ。俺らはみょうじと一緒に頑張ってやる。な? だから一緒に、頑張るべ」
「〜っ、今その言葉はズルいです〜……っ!」

 また泣きだしそうになった私に、珍しく澤村先輩が慌てている。「えっ、えっ、ちょ、みょうじっ?」狼狽える声で私におしぼりを差し出してくるから「それ澤村先輩のです〜っ!」と泣き笑いしてしまう。

 少し前は澤村先輩の事を、優しい頼りになるお父さんみたいだと思っていた。だけど、今目の前であわあわしている先輩はお父さんとはまた違う、頼りないけど、頼りになる。そんな印象。

「私、先輩達が居る限りは何度でも戦えます。だから、何度もでも私に力を貸して下さい。お願いします」
「おう。それは任せろ。絶対にみょうじの味方だから」

 でも、私の大好きな先輩。それは絶対に変わらない。

「良い雰囲気の所、お邪魔しちゃってごめんなさいね。みょうじさん、転属の話されたって言ってたけど、それはどうするの? 私は正直、それもアリだと思うわ。みょうじさんだってあんなヤツの顔見たくないでしょ?」

 それまでにこやかな顔でやり取りを見守っていた真矢先輩が真剣な面持ちになって訊いて来たのは私のこれからに関する事。

「マーケティング部に来るか? 俺らの部長もみょうじの事評価してたし。今なら話、通ると思うぞ」

 澤村先輩もそれに同調してくれるけど、私はそれには首を振る。

「今取り組んでる仕事もあるし、どうして私が居場所を追われないといけないんだって気持ちなんです。負けたくない。だから、勝つ為に、私はあそこに居続けます」

 私はまだ正臣さん達に自分の気持ちを言えてない。そんな状態で、転属なんてしてやるもんか。

「みょうじは逞しいな」

 私の言葉に澤村先輩が笑って、頭を撫でてくれる。その手はやっぱり優しくて。その手が私にパワーをくれる気がして、私はそっとその手に触れてみた。

「っ!?」
「頑張るべ!」

 驚いている澤村先輩にそう言って笑って見せると、何故か澤村先輩は片方の手で顔を隠してしまう。

「ズルいのはどっちだよ……!」

 そんな澤村先輩の姿に真矢先輩がまた「おっかしい!」と涙を流して笑っていた。2人と居ると、私はいつだって前向きになれる。パワーをくれる2人が私は大好きだ。

「大好きです」

 2人に向かってそう言うと、真矢先輩が「あー、トドメ刺しちゃった」なんて言いながら、澤村先輩の肩に手を置いて「生きてる?」と声をかけていた。そのやり取りの意味は良く分からなかったけれど、2人が楽しいならそれで良いと思う。

 だって、2人はいつだって私の力の根源だから。その2人が楽しいのなら、私にも楽しいという気持ちが湧き上がってくるのだ。

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