つつめく花唇
何日間か過ごした平日。その間も私はずっと好奇の目から耐え続けた。それに耐える事が出来たのは、何かと私を気にかけてくれる先輩達のおかげだ。金曜日には3人でご飯を食べ行く事になっている。今はそのゴールに向かって、走っている最中だ。
走っている時は苦しくて当たり前。運動が苦手な私だから、それがいつもよりキツイと思ってしまうだけ。大丈夫。まだ頑張れる。
それに今日はマーケティング課との合同会議があったおかげで、そのキツさが少しは軽減された。今日の会議には澤村先輩は不在だったけれど、真矢先輩は居た。それが嬉しくて、真矢先輩に手を振ると控えめに手を振り返してくれて。そんな真矢先輩が見れただけでもご褒美を貰えて気分だった。
*
「みょうじさん、そんなにコーヒー下げるの楽しいの?」
「真矢先輩!」
会議が終わって、コーヒーを片していると真矢先輩が声をかけてくる。どうやら鼻歌が漏れてしまっていたらしい。そんな私を笑って、真矢先輩が一緒にコーヒーを下げてくれる。2人きりになれた今を使って、私は秘かに疑問に思っていた事を訊いてみる。
「真矢先輩は前に正臣さんと別れ話をした時に澤村先輩の名前を出したって言ってじゃないですか」
「ええ」
反対側の机で真矢先輩の凛とした声が返ってくる。
「その言葉って、やっぱり本当の気持ちなんですよね?」
「……それは恋愛感情を持ってるのか、って事?」
私が訊きたい本質を素早く見抜いて核心を突いた言葉に言い直す真矢先輩。そんな先輩に私は顔を俯かせながら「はい」とか細く頷く。そう言い直されると心が疼くのはどうしてだろう。
「どうしてそこが気になるの?」
トレイにコーヒーカップを置いて、そのまま椅子に座る真矢先輩に倣って私も隣の席へと腰掛ける。そうした私に真矢先輩がまるで先生の様に優しい口調で訊き返してくる。
「えと……その……もし、真矢先輩がそういう感情で澤村先輩に魅力を感じてるんだったら、私、2人の邪魔してるのかも、と思いまして……。2人の関係性、凄く羨ましいです。でも、そこに私が入る事で、それを壊すんじゃないかって思うと……」
「不安になっちゃう?」
「はい……」
いけない事をしてしまった子供の様に、小さな声で答える私を真矢先輩は小さく息を吐いて、「みょうじさん」と名前を呼ぶ。
「私も澤村くんも自分の意志でみょうじさんと関わりを持ってるの。だから、そんなのは要らぬ心配事だわ。そんな事で悩むのは勿体無いから、気にしなくて良いの。……それに、言っておくけど私、澤村くんに恋愛感情としての好意は抱いていないわ。多分それは向こうも同じよ」
「そうでしょうか?」
それは、澤村先輩にしか分からない事だと思う。それすらも言い切ってみせる真矢先輩に喰いつくと真矢先輩はまた優しく笑う。
「分かるわよ。接してたら。それに、そうじゃなきゃ、今みたいな関係続けられていないわ。だから、みょうじさんは安心して」
さ、コーヒーカップ洗っちゃいましょう。そう言ってトレイを持って椅子から立ち上がる真矢先輩に「後は私が!」と慌てて立ち上がると「良いの。一緒に洗いましょう?」と微笑みかける真矢先輩に、私は対抗する術を持ち合わせていない。
「……せめてトレイを持たせて下さい!コーヒーが真矢先輩のスーツについたら……私、泣いちゃいます」
「えぇ? 泣かれるのは困るわね」
可笑しそうに笑う真矢先輩からトレイを攫って隣を歩く。真矢先輩達とのやり取りは私にとって大事なデトックス作業だ。
「大丈夫、みょうじさんもちゃんと分かる時が来るわ」
「? 何のことですか?」
真矢先輩が言い切ってみせたその言葉は、何に向けて言い切った言葉なのかが分からなくて。首を傾げた私に「なんでもない」と笑う真矢先輩はやっぱり可愛くて。何が分かるのか、今は分からないけれど、真矢先輩がそう言うのなら、大丈夫なんだろう。
私はそう思ってしまうのだ。
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走っている時は苦しくて当たり前。運動が苦手な私だから、それがいつもよりキツイと思ってしまうだけ。大丈夫。まだ頑張れる。
それに今日はマーケティング課との合同会議があったおかげで、そのキツさが少しは軽減された。今日の会議には澤村先輩は不在だったけれど、真矢先輩は居た。それが嬉しくて、真矢先輩に手を振ると控えめに手を振り返してくれて。そんな真矢先輩が見れただけでもご褒美を貰えて気分だった。
「みょうじさん、そんなにコーヒー下げるの楽しいの?」
「真矢先輩!」
会議が終わって、コーヒーを片していると真矢先輩が声をかけてくる。どうやら鼻歌が漏れてしまっていたらしい。そんな私を笑って、真矢先輩が一緒にコーヒーを下げてくれる。2人きりになれた今を使って、私は秘かに疑問に思っていた事を訊いてみる。
「真矢先輩は前に正臣さんと別れ話をした時に澤村先輩の名前を出したって言ってじゃないですか」
「ええ」
反対側の机で真矢先輩の凛とした声が返ってくる。
「その言葉って、やっぱり本当の気持ちなんですよね?」
「……それは恋愛感情を持ってるのか、って事?」
私が訊きたい本質を素早く見抜いて核心を突いた言葉に言い直す真矢先輩。そんな先輩に私は顔を俯かせながら「はい」とか細く頷く。そう言い直されると心が疼くのはどうしてだろう。
「どうしてそこが気になるの?」
トレイにコーヒーカップを置いて、そのまま椅子に座る真矢先輩に倣って私も隣の席へと腰掛ける。そうした私に真矢先輩がまるで先生の様に優しい口調で訊き返してくる。
「えと……その……もし、真矢先輩がそういう感情で澤村先輩に魅力を感じてるんだったら、私、2人の邪魔してるのかも、と思いまして……。2人の関係性、凄く羨ましいです。でも、そこに私が入る事で、それを壊すんじゃないかって思うと……」
「不安になっちゃう?」
「はい……」
いけない事をしてしまった子供の様に、小さな声で答える私を真矢先輩は小さく息を吐いて、「みょうじさん」と名前を呼ぶ。
「私も澤村くんも自分の意志でみょうじさんと関わりを持ってるの。だから、そんなのは要らぬ心配事だわ。そんな事で悩むのは勿体無いから、気にしなくて良いの。……それに、言っておくけど私、澤村くんに恋愛感情としての好意は抱いていないわ。多分それは向こうも同じよ」
「そうでしょうか?」
それは、澤村先輩にしか分からない事だと思う。それすらも言い切ってみせる真矢先輩に喰いつくと真矢先輩はまた優しく笑う。
「分かるわよ。接してたら。それに、そうじゃなきゃ、今みたいな関係続けられていないわ。だから、みょうじさんは安心して」
さ、コーヒーカップ洗っちゃいましょう。そう言ってトレイを持って椅子から立ち上がる真矢先輩に「後は私が!」と慌てて立ち上がると「良いの。一緒に洗いましょう?」と微笑みかける真矢先輩に、私は対抗する術を持ち合わせていない。
「……せめてトレイを持たせて下さい!コーヒーが真矢先輩のスーツについたら……私、泣いちゃいます」
「えぇ? 泣かれるのは困るわね」
可笑しそうに笑う真矢先輩からトレイを攫って隣を歩く。真矢先輩達とのやり取りは私にとって大事なデトックス作業だ。
「大丈夫、みょうじさんもちゃんと分かる時が来るわ」
「? 何のことですか?」
真矢先輩が言い切ってみせたその言葉は、何に向けて言い切った言葉なのかが分からなくて。首を傾げた私に「なんでもない」と笑う真矢先輩はやっぱり可愛くて。何が分かるのか、今は分からないけれど、真矢先輩がそう言うのなら、大丈夫なんだろう。
私はそう思ってしまうのだ。