末広がりの世界

 お店のサンプル品を嗅ぎに嗅ぎまくって吟味した洗剤と柔軟剤。買い物から帰って来た私をお父さんの「あれ? いつもと違う洗剤?」という疑問が突撃してきた土曜日。
「お洒落着用!」と言葉を返すと「へぇ、そんなのあるんだ」と興味があるのかないのか良く分からない声で返事をされた。その声をすり抜け、カーディガンを押し洗いし、すすぎ、柔軟剤を入れて……と1つひとつの動作を重大なオペに取り組むかのように行う私を父親の心配そうな視線が見つめていた。
 
 それにすら気付かず、平干しまでした時点で既にお昼を迎えていた。慌てて昼食を用意し、その他の家事を済ませた夜。カーディガンを見ると良い具合に乾いており、昨日と負けず劣らずのふわふわ感を保っている。匂いも部長のに比べたらだけど、結構良い匂いだ。義務のようにしている洗濯も、匂いにこだわるだけでこんなに変わるんだなぁ。やっぱり部長は凄いや。これだと明日のお昼には部長に返せそうだと安堵したのも束の間、あらたな問題が発生する。

 日曜日ってことは制服じゃないってことだよね? どうしよう。洋服。どんな格好で部長に会いに行けば……!

 慌ててクローゼットを開け、洋服を取り出してみるものの、ピンとくる洋服がなくて。でももう今から買いに行く時間なんて無いし、まずお金ないし……。うわ、どうしよう。

「これはちょっと、気合入り過ぎだし……これはラフ過ぎ?」
「デートかぁ?」
「ちがっ……もう! 早くお風呂入って!」

 お父さんのニヤケた顔を一喝して、再び衣装合わせに入った私はお父さんのしょんぼりとした「はぁい」という声も耳に入らず、ひたらすらにファッションショーを繰り広げた。



「部長!」
「おーみょうじさん。一昨日ぶり」
「コレ! ありがとうございました!」
「いやいやこちらこそ。うお、マジで綺麗になってる」

 夜遅くにまで及んだファッションショーは結局シンプルが1番という結論に至り、ジーンズにシャツという服装に辿り着いた。……良く考えればただカーディガンを返すだけなのに必死にコーディネート考えてた自分が恥ずかしい。

「あれ、タカちゃん!」
「おう、八戒」
「え、八戒さん!?」

 部長を呼ぶ声にバッと振り返ると長身の青髪さんが立ってた。八戒さんだ! 噂の!

「柚葉さんの弟さん!」
「……」
「え、あれ。違いましたかね……?」
「合ってる合ってる。アイツ超奥手なんだ」
「不良なのに……? なんか可愛いですね」
「コイツのこと可愛いって言うヤツ初めて見た」

 みょうじさんはほんと凄ぇなと笑い、部長は八戒さんに「お前も今からどっか行くのか?」と声をかける。てことは部長も今からどこかへ行く予定があるのかな。だとしたら早い所お暇しないと。

「俺は今から柚葉とボウリング」
「お前ほんと飽きねぇな」
「レーンが俺を呼んでるからな!」
「本当に柚葉さんと仲良いんですね!」
「……」
「ふふっ、フリーズしてる。……あ、じゃあ私はこれで。八戒さんもまた」

 腕をポンと叩き、合図をすると「えあ……っじゃ、じゃあ俺行くわ!」としどろもどろになって去って行く。不良にも色んな不良が居るんだなぁっと笑っていると部長が「みょうじさん」と声をかけてくる。

「今からなんか用ある?」
「いえ、特には」
「だったらさ、俺今からツーリングすんだわ。良かったら一緒にどう?」
「良いんですか!?」
「つっても東卍のヤツらも一緒だから、みょうじさんが怖くなければだけど」
「行きます! 行きたいです!」

 やった……! 願ってもない出来事に心が弾む。それにまたバイクに乗れるなんて! 良かった、今日デニムで大正解だ。

「じゃあまずは集合場所に行くから乗って」
「はい!」

 シンプルイズベスト!



「おーっす」
「遅ぇぞ」
「悪い悪い。今日ツレ居るけど良いか?」
「えっ……三ツ谷にヨメ!?」
「ヨッ」

 部長に連れられやって来たのは武蔵神社。既に数人の不良がたむろしていて、いかつい顔立ちの人たちに少なからず怯える気持ちが湧き上がったけど、それ以上に“三ツ谷のヨメ”というワードに心臓が飛び上がる。

「もう。なんで男ってすぐそういうこと言うのかなぁ?」
「お、女の子……!」

 口をもごつかせていると可愛らしい女の子がぬっと現れ、私の代わりに言葉を返してくれる。顔も可愛くて、色白……しかもスタイルめっちゃ良いなこの子。
 この子も誰かの“ヨメ”ってやつなのかな。だとしたら部長、私がヨメって勘違いされるの不名誉過ぎる……!

「あの、私は、ただの部員で……そのっ、」
「俺が誘ったんだわ。バイクに乗るの楽しいって言ってくれたからさ」
「へー、三ツ谷が……。ふぅーん?」
「なんだよ?」

 ニヤニヤと部長を見つめる女の子を部長も不思議そうな顔で見つめている。えっと……私は一体どうすれば……。

「エマ。そこら辺にしとけ」
「はぁい」
「で、君、名前は?」
「みょうじなまえです」
「なまえちゃん。バイク好きなんだ?」
「あ、はい。好きです」
「そっか。じゃあ今日は楽しめると良いね」
「そう、ですね……」

 女の子を“エマ”と呼び、そのエマちゃんを制したかと思えば今度は男の子が私に質問を向けてくる。どこかエマちゃんと顔つきが似てる。この人も不良なんだなぁ。とても見えない。

「俺、佐野万次郎。マイキーで良いよ。こっちは妹のエマ。で、場地とパーちん。んでこのデカブツがケンチン」
「デカブツ言うなコラ」

 さっき私に“ヨメ”と言った人はケンチンさんと言うらしい。見た目的にケンチンさんが1番風格あるし、ケンチンさんが東卍の総長なのかな。てかエマちゃんマイキーさんとやっぱり兄弟なんだ。どうりで。

「マイキー。そろそろ行こうぜ」
「うん、そうだね」

 場地さんと呼ばれた人がバイクを吹かしながら声をかける。あれ、こういう時って総長が先頭走るんじゃ? 良く分からないけど。

「ケンチンさんが先頭走るんじゃないんですね?」
「ん? 別にそこら辺は決まってねぇよ」
「へぇ。不良の世界ってそういう決まりしっかりしてるのかと」
「まぁ喧嘩の時はそりゃマイキーが先陣きるけどな」
「えっマイキーさんが?」
「東卍の総長はアイツだ」
「えっ! ケンチンさんじゃないんですか!?」

 誰が総長か良く分かってなかったけど、マイキーさんでは無いと思い込んでいたから驚き過ぎて大声を出してしまった。その声を聞いたケンチンさんがぶはっと笑い声をあげて「おいマイキー。お前がチビ過ぎて総長に見えねぇんだとよ」とマイキーさんをおちょくりだす。

「は? そんなんだからケンチンはデカブツなのに副総長なんだよ」
「あぁ!?」
「あっ、あのっ、そのっ……ぶ、部長っ、どうしましょう……私が変な勘違いしちゃったから……!」

 睨み合いを始めてしまった2人に血の気が引いてしまう。せっかくのツーリングなのに、台無しにしちゃうかも……!

「なまえちゃん。気にしないで。あの2人いつもああだから。暫くしたら直ぐ仲直りするだろうし、先行ってて」
「エマちゃん……」
「そういうことだし、さっさと行っちまおう。時間が勿体ねぇ。場地なんかもう居ねぇし」

 エマちゃんと部長は慣れた様子で2人をほったらかしにしている。本当にそれで良いのだろうか。あの2人、東卍の総長と副総長なんだよね……?

「あの、止めなくて良いんでしょうか?」
「いーのいーの。止めに入ってたらキリねぇし。ほれ、後ろ乗って」
「は、はい……」

 部長の声に従ってバイクに乗るとエマちゃんが「行ってらっしゃーい」と手を振ってくれる。……なんか、想像してた暴走族と全然違う。
- ナノ -