イレギュラー

「じゃあ今日はここまでだな。明日もよろしくー」

 部長の声によって部員が片づけを始める。時間は18時5分。ほぼ定刻通りに部活終了を告げる部長と目が合い、2人で微笑み合う。今日は部長のオマケで遅くまで作業出来るからだ。あと2時間も作業が出来るのはとても嬉しい。

「部長、居残りですか?」
「あぁ。ちょっと部長会議の資料があって」
「そうなんですね。じゃあ私たちはこれで」
「おう。気を付けてな」

 家庭科室に残る部長を残し、安田先輩たちと一先ず教室を出る。……ここまではいつもと変わらない。

「あ、あれ」
「どうしたの?」
「け、ケイタイ教室にわすれたかもー?」
「まじか。ここで待ってようか?」
「あダイジョウブです、先に帰っててクダサイ」
「え、でも」
「だ、大丈夫ですから! では、お、お疲れサマでしたっ」

 携帯の入った鞄をギュッと握りしめ、罪悪感を抱きながら来た道を1人で戻る。……大丈夫だったかな、私。ちゃんとうまく誤魔化せてたかな。先輩、嘘吐いてすみません……っ。心の中で安田先輩達に謝りながら戻った家庭科室。

「あれ、みょうじさん。どうした?」
「ぶ、部長、」
「あはは。お疲れさん」

 こうやって戻ってくるようにと指示したクセに、白々しい反応をする部長。強めに名前を呼ぶと柔らかい笑みでそれを躱し「ここ、使えよ」と自分の隣の席を叩く。いつもは色んな場所から機械音や話し声がするのに、今は部長が奏でるミシンの音だけ。

「みょうじさんのパッチワークはどうだ?」
「だいぶ縫えてます」

 製作中のパッチワークを取り出すと部長が「やっぱ綺麗だな」と褒めてくれる。その言葉はとっても嬉しいけど、それを言うなら部長の手つきの方が何倍も綺麗だ。布を押さえる手も、アイロンをかけるその手も。全ての動作が美しい。本当にその手で人を殴っているのか不思議なくらい。

「あれ、部長の手……」
「ん? あぁ、昨日ちょっとな」
「部長って喧嘩強いんですか?」
「んー……まぁ。隊長張ってるし、簡単には負けれねぇな」
「隊長! 部長で隊長!」
「そ。部長で、隊長」
「なんか……凄いですね」
「んなことねぇよ。もっとすげぇヤツなんて沢山居るし」

 部長の居る世界ではそうなのかもしれないけれど。私の居る世界では間違いなく部長が1番凄い。だけど、こうやって拳にアザを作ってるのは少し心配になる。

「暴走族やってる方に言う言葉じゃないかもですけど……あまり無茶しないで下さいね?」
「確かに族やってるヤツには程遠い言葉だな」
「で、でも……」
「俺、暴力は守る為に使うって決めてんだ」
「そうなんですか……。じゃあその怪我も……?」
「まぁ、使うべき場面だったからな」
「そうなんですね。……じゃあ、格好良いです」
「えっ」
「誰かを守る為に使った暴力なら、格好良いです」

 人を見かけで判断しない。それは部長の作った喧嘩の痕もそうだ。不良が作った喧嘩の痕だからといって、勝手な判断で怯えたりはしない。

「みょうじさんはすげぇな」
「えっ、私ですか?」
「だってはじめはあんなに怯えてたのに、今では俺らのこと受け入れようとしてくれんじゃん。先入観を無くすって結構難しいことだと思うぜ?」
「そんな、それは部長が、」
「ありがとな、みょうじさん」
「っ!」

 部長がまたしても私の頭を撫でながら嬉しそうな顔を浮かべるもんだから、それ以上は何も言えなくなってしまう。お願いだからイケメンだってこと、自覚して下さい。心臓が持ちません……っ。赤い顔した私に気付いていない部長は「あ、縫い代始末すんならロックミシン使えよ」と部長らしさを取り戻してミシンを取りに行く。

「あ、はい!」

 その言葉に私も気を取り直し、部長の後を追ってミシン談義へと会話をすり替える。……こういう時こそ裁縫で頭をいっぱいにしよう。じゃないとさっきの部長の顔が頭で溢れそうだ。



「っし、そろそろあがるか」
「はいっ」

 裁縫に入るとお互いミシンや布を扱うことに夢中になり、部長と部員として裁縫談義を繰り広げた。延長させて貰った2時間もやっぱり早かったけど、さすがに今日は止めないと。帰ってご飯の準備もあるし。

「みょうじさん家どこ?」
「えっ……さすがに家までは真っ直ぐ帰れますよ?」
「違ぇよ。送って帰るんだよ」
「やっだから……」
「あはは、俺そこまで意地悪くねぇって! 外暗いし、心配だから。一緒に帰るっつってんの」
「あぁ!……えぇ!? いや、申し訳ないです!」

 純度100%の優しさを理解し、すぐに申し訳なさに両手を振って断りを入れる。部活の延長までして貰った上に送ってまで貰うなんて。申し訳なくて禿げそうだ。それに、

「私、自転車で来てるんで大丈夫です!」
「チャリ?」
「遅くなるって分かってたんで、今日は自転車で来ました!」
「へぇ、そうなんだ」
「はい。だから「じゃあ俺が前な」……ん?」

 自転車で来てるから1人で帰れますと言おうとした私の言葉は部長の言葉によって途切れ、疑問へと変わる。俺が前って?

「だから、俺が漕ぐからみょうじさんは後ろね」
「え、え?」
「じゃ鍵閉めるか」
「え、あの……えっ?」

 俺が漕ぐとか、私が後ろとか、部長の言ってる言葉を上手く咀嚼出来ないまま駐輪場に辿り着いてしまった。部長は本気で私を送ろうとしてくれているのだろうか? どうしよう、申し訳なさ過ぎる。

「あの、部長。私、」
「チェーンナンバー何?」
「あ、0328です」
「ん、0328ね」

 答えの決まっている質問をされて反射的に答えてしまう。部長によってロックが解かれ、自転車はいよいよペダルを漕ぐだけの状態になってしまった。

「乗らねぇの?」
「で、でも……」
「あのね、女子を夜道に放って帰るの、俺のプライドが許さねぇんだわ」
「え?」
「だから、乗って。……あ、それとも俺と帰んの嫌?」
「そういう訳じゃ!」
「うん。じゃあお願い。乗って」
「うぅ……」

 部長ってやっぱり意地悪だ。そんな言い方されてまで断る方法、私にはない。「お願いします」と呟く声に「おう! しっかり掴まってろよ」と力強い声と共に自転車が前へと進みだす。男の人と2人乗りとか初めてだ。
 部長の後ろで受ける夜風は部長が壁になってくれているおかげで優しい。それが心地良くて、部長のカーディガンをキュッと掴むと部長がそういえば、と口を開く。

「みょうじさんって誕生日3月28日?」
「え?」
「いやほら、さっきのナンバー」
「……あっ」

 そうだ。私鍵の番号……! うわ、どうしよう。よりによって本人に知られちゃった……!

「ちが、あの、あの頃に丁度チェーンを買って……、その、他に覚え易い語呂なくて……あのっ」
「うおっ、みょうじさん落ち着け! 良いから! そのまま使ってて良いから!」
「あ、すみませんっ、」

 焦りから部長のカーディガンをギュッと引っ張ってしまい、バランスを崩した部長が慌てた声をあげる。自転車が少しだけ蛇行し、すぐさま落ち着きを取り戻す。自分のせいで危うく怪我をさせる所だったことに、泣きそうになってしまう。

「本当にすみません……」
「いや……なんつーか、その……嬉しいよ」
「えっ」
「や、なんでもねー」

 自転車の速度がぐっとあがる。慌てて部長のカーディガンを掴みなおすと「今度は引っ張んなよ?」と意地の悪い笑みを浮かべているから「さぁ、どうでしょう?」と返すと「うわ怖ぇー」といつも通りの様子に戻っている。

 あぁ、どうしよう。いつも通りの部長を見ても心臓のドキドキが収まらない。それどころか、もっと早いペースで脈打っちゃってる。
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