特別な6文字

 宣言した通り、部長の居る教室に(どうにか)辿り着くことが出来て大満足の私。どうですか、部長。私だって出来るんです。早く部長に会ってドヤっとした顔を向けたいのに、部長がどこに居るか分からない。昼休みだから色んな生徒がごった返しているのだ。

「ぶちょー……」

 部長と呼んでみた所で“部長”という名字の人は居ないから勿論誰も反応してくれなくて。というか私、部長の名前ちゃんと知らない。それって結構やばいよね?

「誰?」
「あ……1年のみょうじです」

 教室の入り口で項垂れていると女子生徒から声をかけられて肩に力が入る。やばい、邪魔しちゃってた……。目の前で腕組をしている女子生徒は鋭い目つきで私を見つめている。どうしよう、めっちゃ怒ってる。

「す、すみません……」
「みょうじさんは誰、探してんの?」
「えっ?」
「このクラスのヤツに用があんでしょ? 誰?」

 女子生徒は“誰を探しているのか”と尋ね直す。はじめから助けようとしてくれてたんだ……。人は見かけによらないって、部長で学んだばっかなのに。駄目だなぁ、こういう所、直さないと。

「みょうじさん?」
「あ、すみません。えと、部長……を」
「ぶちょう?」

 それどころかこうやって声をかけてくれた女子生徒さんさえ困らせてしまってる。どうしよう、部長の名前しっかり覚えてないとか。手芸部失格じゃん。

「みょうじさんはどこの部なの?」
「しゅげ「あ、お前! また迷子か??」……あ、」

 手芸部ですと名乗ろうとした瞬間、懐かしいガラ声がして顔を向けると案の定あの時のガラ不良さんが立っていた。ガラ不良さんは今日もド派手なシャツ着てるなぁ。

「迷子? ちげーよ。部長を探してんだってさ」
「部長……あ、三ツ谷のことか」
「みつや……」

 初めて聞いた部長の名前。みつや。みつや部長。絶対忘れないようにしよう。

「おーみょうじさん。来れたんだ。良かった良かった」
「部長っ!」

 部長はガラ不良さんの後ろに居たらしく、ひょっこりと顔を覗かせる。あ、どうしよう。すっごい安心感が……。先輩だらけのフロアで知った顔がそこにあるというのは心底心強い。

「おい三ツ谷! 自分の名前くらいちゃんと名乗れよ」
「え、どういうこと?」
「みょうじさんアンタのこと探してんのに名前分かんなくて苦労してたんだ」
「そういや俺、みょうじさんにちゃんと名前名乗ってなかったな、ごめん」
「い、いえっ! 私こそごめんなさいっ」

 女子生徒の批判を受けて部長が謝罪を口にするから、私も慌てて謝罪する。どう考えても部長の名前を知らない部員のが悪い。もう覚えましたから……!

「改めて、手芸部の部長、三ツ谷隆です。よろしくな」
「はい、もう覚えました。三ツ谷部長」
「うん。でも名前とか好きに呼んでくれて良いから。タカちゃんとかでも」
「そ、それはっ」
「お前のことそうやって呼ぶの八戒くらいだろ」
「はは、まーな」

 さすがに下の名前で呼ぶのはちょっと……。烏滸がましさを感じ、慌てていると女子生徒が「じゃあ私はこれで」とその場を離れようとする。またその声に慌てて「ありがとうございました!」とお礼すると女子生徒は少しだけ口角をあげて応えてくれた。

「ありがとな、柚葉」
「うっせ!」

 三ツ谷部長の声には鋭い目つきが戻ってたけれども。……やっぱり人って見かけによらないなぁ。

「今の先輩、柚葉さんっていうんですね」
「あぁ。アイツと、というかアイツの弟と小せぇ時から付き合いあってな」
「もしかして八戒さん?」
「あぁ、ソイツ」
「八戒さんっていう方も……?」
「族だな」
「えと、じゃあ柚葉さんもレディースとか?」
「……いや。アイツはブラコン」
「えっ! 柚葉さんがですか!?」
「はは、意外だろ?」
「はい」

 柚葉さんが居なくなって、ガラ不良さんはいつの間にか現れた安田先輩に絡まれていたので必然的に部長と2人きりになる。部長だけは特別枠の不良だと思っていたけど、部長が八戒さんのことを話している表情が凄く楽しそうで、私もちょっぴり興味が湧く。不良に興味が湧くなんて、少し前の私なら考えられなかった。

「八戒さんってどんな人なんですか?」
「え、八戒? どうして」
「部長が仲良くしてる不良なら、良い人なのかなって」
「んだそりゃ?」
「だってガラ不良さんもああやって安田先輩にやり込められてるし、ただの不良じゃないのかなって」
「ガラ不良……ははっ、ペーやんのことそうやって呼ぶヤツ初めて!」
「ペ、ペーやんさんって言うんですね……」

 つい心の中のあだ名を口にしてしまい、それを三ツ谷部長が笑う。「俺のことは何て呼んでた?」と聞かれ「ぎ、……部長です」と慌てて取り繕うと「分かった。銀髪不良だろ」と言い当てられてしまった。

「それははじめだけで、後は銀髪さんでした!」
「変わんねぇだろ」

 しかもはじめは当たってんのかよ! と部長は心底楽しそうな声をあげる。自分がこんな名前付けられてたのによく怒らないな。懐が深いんだなぁ。

「まぁこれから色々と知ってくれたら嬉しいよ。みょうじなまえさん」
「っ、はい……」
「あ、そうだ。俺の名前、“328”って数字の語呂で覚えてくれたら分かり易いかもな」
「さんにぃはち……み つ や、あぁ、なるほど! もう忘れません!」

 そう言って三ツ谷部長を見ると「下の名前は?」と聞いてくるから、数字の語呂を考えてみるけれどうまく浮かばない。

「“し”は4だけど……“た”と“か”がなぁ……。たかし、たかし……」
「みょうじさん、名前連呼されんのちょっと恥ずいわ」
「あっ、す、すみませんっ!」

 頬を掻いて照れ臭そうにしている部長に私まで顔を真っ赤にしていると三ツ谷部長は赤い頬はそのままに、「まあ名前覚えてくれたのは嬉しいよ。……あ、コレ鍵な」と鍵を手渡してくる。

「おいガラ不良、行くぞ!」
「ガ……なんて?」

 来てくれてサンキュと早口に言葉を繋ぎ、ぺーやんさんに軽い蹴りを入れて去って行く部長。

「みつや、たかし」

 部長の名前を口にしただけで変な高揚感があるのは、知らなかったことを1つ知れたという感情からなのだろうか。良く分からないけれど、三ツ谷部長から手渡された鍵を握る自分の手が熱いことは分かった。
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