especially days

※22巻時空


「はー……三ツ谷くんがウエディングドレスとかデザインしたら大人気になるんだろうなぁ」
「ウエディングドレス、ね」
「ねぇ三ツ谷くん。将来ドレス、デザインして下さいよ。絶対売れると思う!」
「んー、却下」
「どうしてですか?」
「ウエディングドレスは俺の花嫁にだけ特別に仕立てたいから」





 こんな会話をした日が懐かしい。あれからどれだけの季節を巡り、2人で過ごしただろう。“誰かの死なんて、考えたくもない”そう言ったタカくんの言葉は、今でも思い出してはぎゅっと胸を締め付ける。タカくんと過ごす日々は楽しいだけの時間じゃなかったけど、決して手放したいとは思わなかったし、タカくんも私の手を放すことはしなかった。
 一歩間違えれば暗闇に落ちてしまう可能性さえあったけれど、その一歩を踏み出さずにこれたのは、互いが居たからだと言える。

「なまえ。ボーっとしてっけど、どうしたんだ?」
「タカくんの仕事場、いつ来ても楽しいなぁって」
「そぉかぁ? ……まぁ、そっか」

 机の上に居る資料や生地やペンたちと手を取り、忙しなく動いているタカくん。その手を止め、ふと上げた顔は私の言葉によってゆるりと形を変える。私たちはタカくんの仕事場を覆いつくす布や糸や機械によって繋がっている。だから、それらに囲まれているここはひどく落ち着くし、楽しい。その気持ちはタカくんも同じらしく、「だから俺もここに引きこもってばっかだわ」と同意を示してくれた。

「既にいくつか仕事の依頼来てるんでしょ? さすがだなぁ」
「なまえに見る目があったってことだな」
「あはは。そうだね」

 こうして交わす言葉の節々に、私たちが過ごして来た思い出が散りばめられていて、それがひどく嬉しい。
 私が言った言葉通り、今もタカくんは引き受けた仕事の為に両手を忙しなく動かしている最中。ちらりと見つめた紙には走り書きの時点でも分かるくらいにお洒落なデザインの服が閉じ込められている。……タカくんのデザインはいつみても惚れ惚れするなぁ。

「ウエディングドレス」
「ん?」
「やっぱり、見てみたいなぁって」
「あぁ、安心して。なまえの為にとびきりのヤツ、仕立ててやるから」
「……ふふっ。ありがとう」

 こんなに嬉しい確約、世界中のどこを探しても見つからないと思う。それに加えて私の首元にはその約束を形作るかのように、指輪が提げられている。いつかの記念日に「これは俺なりのケジメっつぅことで」と言いながら着けてもらったこの婚約指輪。前にもこうして指輪を贈ってもらったことがあったっけ――と思い出してはにやけてしまうのは、タカくんの耳に今でもあの時と同じデザインのピアスがあるからだろう。もちろん、私もあの時貰った指輪は今でも大事にとってある。

 タカくんと話す時はいつだって口角が緩みっぱなしだと苦笑したくもなるけれど、もはやこれが私にとっての常だ。そしてこの気持ちは、東卍を通じて出会ったメンバーのことを想った時にも味わうことが出来る。

「ヒナちゃんの結婚式、」
「ん? あぁ、そういや結婚するんだったよな」
「うん。ヒナちゃん、すごく幸せそう」
「タケミっち、一途だしな」

 タカくんの言葉に同意の笑みを返しながらヒナちゃんの笑顔を思い浮かべる。タケミっちさんと出会い、その繋がりでその彼女であるヒナちゃんとも出会った。ヒナちゃんとエマちゃん、そして私。私たちはいつだって3人で一緒だった。他の人には打ち明けられないことも、ヒナエマちゃんにしか話したくないことも。たくさん、たくさん共有してきた。……ヒナちゃんが居なきゃ乗り越えられなかったこともある。
 そんなヒナちゃんが大好きな人と幸せになろうとしている。他人の幸せでこんなに幸せをお裾分けして貰えることってあるんだと、結婚報告の時に思ったのを覚えている。

「私、やっぱりタカくんのウエディングドレス、ヒナちゃんにも着て欲しい」
「え? でも、」
「タカくんのウエディングドレスは私だけが着たいって思ってた。……でも、最高のウエディングドレスを親友が着るって考えたら、それも最高だなって」
「はは。なるほどね」
「だから、タカくん。ヒナちゃんのウエディングドレス、依頼しちゃダメ?」
「てかまずヒナちゃんがどうしたいかだろ」
「そんなの、絶対喜ぶに決まってるよ」
「なんで分かんの」
「だって。ヒナちゃんだよ? それに――タカくんだもん」
「……ははっ。なまえのそういうとこ、俺ほんと好き」

 タカくんが吹き出して笑う。そうして告げられる“好き”がくすぐったくて、心地良くて。色んなことを一緒に乗り越えてきた相手だからこそ、何気なく吐き出される幸せにその深さを思い知る。私も、タカくんのこういうところが大好きだ。

「でも、俺はやっぱりなまえのこと特別扱いしてぇ」
「んー。今でも特別扱いしてもらってるけどな」
「そうだけど。それでもやっぱ、なんか、したいわけよ。デザイナーとして、彼氏として」
「じゃあ、これから誕生日には特別な一着をください」
「特別な一着?」
「そう。私の為だけに考えられた世界一素敵な洋服」
「それは全然良いんだけど。……それで良いの?」
「うん。良い」

 私だってタカくんのウエディングドレスは着られる。それに、私の相手はタカくんなのだ。私からしてみればそれだけでもう十分特別だと言える。それでもなお、タカくんが私に“特別”を贈ってくれると言うのなら。毎年訪れる1日にプレゼントが欲しい。

「デザインでも良いから。特別な一着を、贈って欲しい」
「了解。……もっとワガママ言って欲しいくらいだけど」
「ふふっ。1年に1回のペースで貰う特別も、積み重ねていけば“生涯でたった1回”の結婚式にも負けないくらいの特別になると思うんだよね」
「生涯でたった1回――なまえ、言ったからな?」
「言い切れるもんね」
「ははっ。なまえ強ぇ」

 2人して微笑み合い、その視線に愛おしさを乗せ届け合う。ねぇ、タカくん。タカくんと過ごす毎日の中に、“特別じゃない日”が見当たらないんだけど。……そう口に出してみたらきっと、「俺も」とタカくんは笑い返してくれるのだろう。
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