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 三ツ谷くんとお付き合いを始めて数週間。付き合うことになった日、まず初めにエマちゃんからテンション高めの電話を貰い、そこで一通りの興奮を吐き出した。嬉しすぎて本気で泣いた。そんなことも生まれて初めての経験。そして、その様子を遠巻きに見ていたお父さんにもバレて、「なまえが遠くに行っちまった気分だ……」と斜め上の嘆きを向けられたっけ。
 そして翌日に手芸部メンバー、ペーやんさん、柴姉弟、最後にマイドラさん達東卍メンバーにお祝い(という名の冷やかし)を貰い、浮ついた日々を過ごした。

 恥ずかしさも勿論あったけど、それ以上に嬉しい感情が勝って、毎日が秒速で過ぎていったなぁと思う数週間。それでも、今日という日だけはとても遠く、焦がれるような思いで待ちわびた。

「今日はこれまた気合入ってんなぁ」
「……お、おかしい、かな?」
「……いいや。可愛いぞ。……あぁ、泣けてきた」
「なに言ってんの。それじゃ行ってくるね!」

 いつの日か繰り広げたファッションショーをまたしても開催し、どうにか決めたコーディネート。……今日は、タカくんと初めてのデートなのだ。“タカくん”と登録されたアドレスに“今家出ました”とメールをし、タカくんの家へと向かう。……未だに三ツ谷くんのことをタカくんと呼ぶことが気恥ずかしい。

――タカくん

 口の中だけで発したワードにデレっとふやける顔。その顔を咎めるように鳴るのはタカくん専用の着信音。メールは“了解。なまえが迷子にならねぇか心配だわ”と相変わらずの内容。散々通った道なんだから迷う筈ないのに。ちょっとむっとするけれど、それ以上に“なまえ”と書かれたワードがまたしても私を溶かす。……あぁ、早く会いたい。



「タカくん! 家に居てくれて良かったのに」
「なまえがちゃんと来れるか心配で。一先ず安心」
「もうっ!」
「……その服、すっげー可愛いな」
「タ、タカくんだって……!」
「だって?」
「……すっごく格好良い」
「……あー。好き」
「っ、」
「なまえはすぐ真っ赤になるな?」
「だってタカくんがっ!」

 タカくんの言葉に負けじと言葉を返していると、タカくんが「はいはい。んじゃ行くか」と一方的に切り上げ、ぐいっと私の右手を攫う。……毎回こうだ。タカくんにこういうやり取りで勝てた試しがない。毎度毎度私が負けて、その度に好きを痛感させられる。

「そういえばその袋、どうした?」
「えっ、あっこれは……なんでもないです」
「ふぅん?」

 左手に提げた袋にタカくんが疑問を呈す。私がその答えをはぐらかし、少しだけ隠すようにして持ち直すとタカくんはそれ以上は訊いてこなかった。……良かった。これは、帰りに渡したいヤツだったから。

 タカくんの誕生は6月12日。もう3ヶ月近く前のことだけど、私は未だに誕生日プレゼントを渡せていない。手芸部のみんなからってことで、寄せ書きと布地や手芸で使う消耗品はプレゼントした。だけど、個人的にも何か渡したくて、実はコツコツとサマーニットを編んでいた。そしてそれを完成させたは良いものの、渡す勇気が出せなくて結局お蔵入りしていたのだ。
 でも、ルナマナちゃんにお呼ばれした時に渡したクッキーを本当に嬉しそうに食べてくれた姿を見て、それからサマーニットを冬用のニットへとアレンジし直し、ようやく完成した。
 もう本当に今更かもしれないけれど、いつも貰ってばかりだから絶対に渡したくて。……喜んでくれると良いな。

「ん?」
「ううん、なんでもないです」

 不安から不意に繋いだ手に力を籠めるとタカくんが優しく包み込んでくれる。……大丈夫、タカくんなら受け入れてくれる。



 初めてのデートは本屋でデザイン書を見たり、手芸店で道具や布地を買ったり、服屋で“このデザインが良い”とか“この配色もアリか”と言葉を交わし合ったりと、いかにも手芸部らしいデートだった。前々から思っていたことだけど、タカくんは集中すると入り込む節がある。全然不快なんかじゃなくて、寧ろ真剣な眼差しをしているタカくんを見るのが好き。だから今日のデートではそんな姿を隣で堪能出来て大満足だった。

 満足のいく買い物をして、お互いの手には行きと違って荷物がぶら下がっている。とは言っても私の荷物は行きとそう変わらない。全部、タカくんが持ってくれているから。「持つよ」と言っても「なまえの手が塞がったら俺が握れねぇじゃん」なんて言って私を赤面させた。

 そうして帰り道も手を握り合って帰り、辿り着いた自宅前。あぁ、もう終わりか……。手、離さないと駄目って分かってるのに、離したくないなぁ……。

「……荷物、沢山持ってくれてありがとうございました」
「おう。……にしてもなまえ、その袋結局なんだったんだ?」
「あ、あの……じ、実は」

 そっと指を離し、タカくんの手の代わりに荷物を受け取る。そして代わりに指摘された左手の袋を前へと押し出すとタカくんがそれに視線を注ぐ。まだ中身を出した訳じゃないのに、もう緊張でどうにかなりそう。

「タカくんに誕生日プレゼントを渡したくて……」
「えっ? もう貰ったくね?」
「個人的にも渡したかったんだけど……あの頃は付き合ってなかったし、重いかなって」
「そんなこと思う訳ねぇだろ」
「うん……。タカくんならそうかなって……そう信じて、冬用のニットにアレンジして、みました」
「まじ……!? え、ちょ、開けて良い!?」

 提げていた荷物を地面に落とし、両手で大事に抱えるタカくん。クッキーの時以上に嬉しそう。……そういう顔をしてくれることを期待してたけど、タカくんはいつも期待以上の反応をくれる。

「タカくんのお眼鏡に適うかどうか……」
「うわ、超カッケー! すっげぇ……え、どうしよ……すっげー嬉しい」
「ほ、ほんと……?」
「ちょっと今着ても良い?」
「え、い、今ですか……? でも今日結構暑いですよ?」

 制する声もきかず、その場でニットを着るタカくん。あ、サイズピッタリ。良かった。……ていうか、渡す前までは不安だったはずのニットもタカくんが着れば最高に格好良く見える。タカくんが完璧に着こなしてくれてるおかげだ。どうしよう、この最高に格好良い人が私の彼氏? ちょっと信じられない。

「どお? 俺、このニットに似合う男になれてる?」
「逆です。タカくんじゃないと着れないニットです」
「はは。まじか。そりゃあ嬉しいな」
「すっごく……すっごく格好良い!」
「あはは、ありがとう。なまえ」

 タカくんの手が私の頭を優しく撫でてくれる。その手の優しさを擽ったく思っていると、その手がするりと滑り、私の首にかけられたネックレスを服の外に晒す。その手の持ち主はとても満足げに笑い、私を見つめている。

「なまえも可愛い」

 三ツ谷くんは私がデザインした服を。私は三ツ谷くんに貰ったネックレスを。それらが誰のモノなのかを主張しあっているようで。妙に恥ずかしくて、それでいてとても嬉しい。タカくんは私の大事な人。誰にも譲れない。

……ねぇ、タカくん。だいぶ遅れちゃったけど……。

「タカくん。誕生日おめでとう。来年もお祝いさせてね」

 お誕生日、おめでとう。大好き。
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