ZiRiRi

「これとかどお?」
「これは……ちょっと……」

 エマちゃんが私に水着を当てては外しを繰り返している。「んー、じゃあコレ!」と次から次へと水着を選ぶエマちゃんはとても楽しそうだ。

「水着、どうしても着ないと駄目……?」
「当たり前でしょ!? 何言ってんの!」

……怒られてしまった。ああ、こんなことなら日頃からダイエットしとくんだった。

―7月3日に皆で河原でバーベキューするんだけど、なまえちゃんどう?

 6月末頃にエマちゃんからメールでお誘いを受け、喜んで行くと答えたものの、まさか水着を着用するとは思ってもいなかった。

「バーベキューすんなら大荷物だし、その日は電車だな」
「あっじゃあ私、そろそろワンピース出来上がるからそれ着ていこうかな」
「まじか、楽しみ!」

 私も誘われたことを三ツ谷くんに話すと、そうやって言って貰えたことに思いきり浮かれていたからだ。

―なまえちゃんはどんな水着にする?

 その夜、やり取りが続いていたエマちゃんとのメールでこんなことを聞かれ、そこで初めてエマちゃんは水着で川に入るつもりであることを知った。エマちゃんのメールに“スク水以外持ってないし、私はやめとく”と返すと“学校帰り買いに行くよ!”と返って来た。そして今日はその学校帰り。

「ねぇ……やっぱり私は、」
「あっ、これ可愛い!」
「これ……」

 三ツ谷くんが仕立ててくれてる浴衣にちょっと似てる。その感想を抱いた水着はエマちゃんも気に入ったようで「なまえちゃんはこれが良いと思う! 似合ってる!」とはしゃぐ。

 そのまま背中を押され入った試着室で当ててみた水着は確かに可愛い。うわ、どうしよう……。欲しくなっちゃった。

「どお? 開けるね〜?……わ、可愛いっ!」
「買っちゃおう、かな……」

 エマちゃんも可愛い水着を見つけたらしく、結局2人して水着を手に入れて別れた帰り道。普段と違う道を歩いたせいか知らない公園に辿り着き、ここはどこだ? と顔をきょろつかせる。

「久々迷子だ……」

 ちょっとでも知らない場所を歩いただけですぐに道迷うの、ほんとどうかしたい。三ツ谷くんに助けを求めようかとも思ったけど、とりあえず歩いてみようと思い座っていたベンチから腰をあげた時。「早くやれ!」「ぶっ殺せ!」と物騒な声が聞こえてきて、喧騒のする方へと足を運ぶ。

「キヨマサ、今日の賭博も大盛り上がりだったな」
「まぁな。東卍の名前出せばギャラリーは大抵集まる」

 辿り着いた先で何か不穏なことが行われていたらしく、いかつい見た目の学生たちがたむろしていた。あまりしっかりと見ることは出来なかったけれど、遠くでボロボロになっている人も居る。……この人達、絶対悪いことしてた。

 不良たちはそのまま解散し、公園に静寂が戻ってくる。一瞬の出来事だったけど、衝撃的な出来事を目の当たりした私はそこからどうやって自分が家に辿り着いたか良く覚えていない。……あの人たち、“東卍”って言ってた。東卍のメンバーがあんなことしてたの? マイキーさんはあれを許しているのだろうか? マイキーさんや三ツ谷くんのような不良が開催しているとは思えないけれど。

 私の心に微かで、確かな不穏が漂った。



 重い気持ちを心の片隅に抱えながら迎えた日曜日。海浜公園ぶりのマイキーさんたちは相変わらずだった。電車の中でも席を占領することもないし、迷惑な声量で話すこともしない。決して一般人には迷惑をかけないというスタイルはそこら辺の一般人よりも尊敬できるほどだ。

「なまえちゃんのワンピース、すっごく可愛い!」
「ほんと? 実は三ツ谷くんがデザインしたワンピースなんだ。それを私が仕立てたの」
「えっ! まじ!? やばっ!」

 合作じゃん! と言われて「うへへ」と気持ち悪い笑みを浮かべてしまう。今日みたいにレンギンスを合わせ、ビーチサンダルを履いてラフな格好も出来るし、ヒールのついたサンダルを履けばお洒落な格好にもなる。三ツ谷くんのデザインは本当に凄い。

「三ツ谷! なまえちゃんどう!?」
「おー似合ってんじゃん」
「ありがとう、ございますっ」

 三ツ谷くんにまじまじと見つめられ、さっと顔を逸らした私は三ツ谷くんがマイキーさんたちから小突かれていたことに気が付かないでいた。

「で、材料は?」
「は?」
「え?」

 河原に到着し、いざバーベキューとなった時マイキーさんの声に皆で素っ頓狂な声をあげる。もしかして材料、誰も用意してない感じ……?

「俺は飲みモン」
「俺はサッカーボール」
「俺は水鉄砲」
「俺は水着」

 三ツ谷くん、ドラケンさん、パーちんさん、場地さんらが自分の持って来たものを伝え、最後にマイキーさんが「俺は手ぶら」と当然のように言う。

「はぁ!? 有り得ねぇ! 誰か1人は材料持ってくるだろフツー!」

 そしてお互いにお互いを批難し合い、その姿を見たエマちゃんは「メールで話し合っときなさいよ」と呆れかえっている。このままだと埒が明かない。折角来たんだもん。楽しくいきたい。
 そんな思いで言った「じゃあ私がすぐそこのスーパーで買ってきます」という言葉は「却下だな。1人は駄目だ、誰か一緒に行かねぇと」というドラケンさんの言葉によって跳ね返されてしまう。

「ウチ重い荷物持ちたくないし。ねぇ、三ツ谷?」
「こういうの大体三ツ谷の仕事だろ。なぁ、三ツ谷?」

 最終的に三ツ谷くんのせいにされ、三ツ谷くんが「はあ!? ふざけんなよオメーら!」と本気で怒っている。あぁ、楽しくいきたいと思った矢先にこれだ。

「……まぁみょうじさん1人だと帰ってこれねぇだろうし。一緒行くか」
「よろしくお願いします……」

 こないだの公園のことがあるので強く反抗する事も出来ずに三ツ谷くんと2人でスーパーに向かって歩きだす。私たちのことを見ながら残されたメンバーがグータッチを交わしていることなんて、私たちは全く気付かないままに。

「みょうじさんの洋服、やっぱ良いな」
「ほんとですか? デザイナーの腕が良いからですかね」
「だな。なんつーデザイナーなんだ?」
「えっとー、」

 こんなやりとりを交わせるんだもん。三ツ谷くんたち不良は他の不良とは全然違う。

「こんだけ買えばアイツらも満足だろ」
「ですよね……結構買いましたね」
「ったく。何でもかんでも俺に押し付けやがって」
「皆さんバーベキューに全く関係ないモノばかりでしたもんね」
「な! みょうじさんが箸と皿持って来てなかったら食べることすら出来なかったんだし」

 世話が焼けるぜ……と眉をひそめる三ツ谷くんはルナマナちゃんの相手をしている時と似ている。面倒見が良いよなぁ、三ツ谷くんは。

「なぁ。こんままバックレる?」
「えっ?」
「アイツら腹空かしてずーっと待つんだぜ? おかしくね?」
「それは……さすがに可哀想なんで、私達だけでお肉占領するとかでどうでしょう?」
「あはは! みょうじさんひでぇ」

 だけど、私にとって三ツ谷くんはお兄ちゃんでも、不良でもない。

「戻りましょうか」
「だな」

 眩しい笑顔を浮かべる大好きな人に、私も負けないくらいの笑顔を返した。
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