つぎはぎラプソディ

 夏休みが終わり、明けにあったテストも無事に終えてようやく今週から部活動が再開される。夏休み前にワンピースは作り終わっていたし、今日の部活からまた新しい物作りに手を付けよう。もし、三ツ谷くんが許可してくれたら三ツ谷くんのデザインした洋服をまた作りたいなぁ。

「あ、そうだ。部費……」

 2学期分の部費を三ツ谷くんに渡さないといけないことを思い出し、一瞬部活で渡そうと思ったけれど私の足はそのまま三ツ谷くんの居る3年の階へと向かいだす。だって、1回でも多く会えた方が嬉しい。お金を渡すのなんてすぐだし三ツ谷くんの迷惑にもならないだろう。それなのに私の幸せは多大。うん。良いことこの上なしだ。



 今回は本当に迷わずに来れたことを嬉しく思いつつ、三ツ谷くんの教室を覗き込む。そしてそこで三ツ谷くんの姿を見つけ、名前を呼ぼうとした私の声は半端な位置で止まり、そのまま萎んでいく。

「でさ――……」
「はは。まじで? で、柚葉はどうしたんだよ?」
「決まってんじゃん――……」
「うわ、まじかよ。柚葉はほんとすげぇな」

 三ツ谷くんの前の席に座っているのは柚葉さんで、2人とも笑顔を浮かべてとても盛り上がっている。

「あ、なぁ柚葉」
「んー?」

 ポンポン交わされるやり取りは2人がどれだけ親しいかを表しており、私の目や脳は心臓を抉るようにその事実を映し出す。

 柚葉、と当たり前のように呼び捨てにされる名前。そしてそれを当たり前のように受け止めている柚葉さん。私に傷付く権利なんてないのかもしれない。それでも、三ツ谷くんが誰か別の女子と仲良くしてる姿なんて見たくなくて。会いたくて来たのに、会いたくなくて。
 そのまま静かに踵を返そうとした時、「あれ。みょうじさん」と私を呼ぶ声がして目の前の人物を見上げる。

「八戒さん」
「どうしたのー、3年のクラスに何か用? あ、柚葉? それともタカちゃん?」

 呼びにくいなら俺が呼んで来ようか? と助けを出してくれる八戒さんの言葉に断りを入れ、代わりに部費を言付けてくれないかと頼むと「え? そこにタカちゃん居んのに?」と真っ当な疑問を返された。

 私だって本当は直接渡したい。三ツ谷くんとほんのちょっとでも良いから話がしたい。でも、楽しそうな表情を誰かに浮かべてる三ツ谷くんとは会いたくない。……自分の醜い感情さえ嫌になって、押し付けるように部費を渡すと八戒さんも「まぁいいけど」と追究はしないでくれた。

「ありがとうございます」
「おう。……なんかあんのなら話、聞いてやるからな? なんせ俺らはタカちゃん仲間なんだしよ!」
「……ふふ。そうですね」

 落ち込んでいる時でさえ、助けようとしてくれるのは三ツ谷くんを通じて出来た友達で。私はどうしようもなく三ツ谷くんが好き。嫉妬してしまうくらいには三ツ谷くんの笑顔を独り占めしたいって思っちゃってる。自分の中にこんな感情があったなんて知らなかった。

 初めて抱く感情をどう処理すれば良いのかも分からず、私は新学期早々浮かない顔をする羽目になった。



「今日は初っ端だし、早めに切り上げるか」

 心待ちにしていたはずの部活はうまく三ツ谷くんと話せないまま終了の時間が来てしまい、三ツ谷部長によって終了が告げられる。……待ち遠しくて仕方が無かったのに、こんなにもワクワクしない部活になるとは。目の前で出来上がった黒猫がまるで私の心を表しているみたいで悲しい。自分のつまらない感情で三ツ谷くんと過ごせる時間を無駄にしてしまった。

 前にぎくしゃくしてしまった時は、三ツ谷くんの方から歩み寄ってくれた。……だから、今度は私の番。もう、抱えきれないのなら相手にぶつけるしかない。自分の気持ちを伝えよう。それで駄目だったらこの想いはどこかに捨ててなかったことにする。

「み、「みょうじさんはちょっと残ってくれる?」……え?」

 三ツ谷くん、と呼ぼうとしたのと同じタイミングで三ツ谷くんから残って欲しいと言われ、一瞬の間が空く。今まで延長部活するのにも周りには黙ってというのが決められたルールだったのに、三ツ谷くんは他の部員がまだ居る状態でそう声をかけてきた。今までになかった展開に驚きつつも「はい」と言葉を返すと「ん」と短い言葉を返してくる。……三ツ谷くんの顔がいつもと違う気がするのは、気のせい?



「ごめんな、延長部活でもねぇのに」
「いえ。……どうしたんですか? いつもならみんなには内緒なのに」
「ん? まぁ、後々バレるだろうからさ。隠す必要もねぇかなって」
「……え、あ。皆さんに延長部活がバレてるの、気付いてたんですか?」
「うん、それはまぁ。でも、今のはそういうことじゃねぇ」
「……?」

 三ツ谷くんの言葉がうまく呑み込めなくて思わず首を捻っていると三ツ谷くんは言葉を続ける。

「みょうじさんって、八戒と仲良くなったのか?」
「あ、はい。前に柚葉さんと3人でボウリングに行ったことがあって」
「アイツが柚葉以外の女子と話してんの見て驚いたわ」
「え? 私、三ツ谷くんの前で八戒さんと話しましたっけ?」

 確かに私と八戒さんは良く喋るようになったけれど、話すとしても2年の階か1年の階でだった。三ツ谷くんの前で話した記憶は辿ってみても思い浮かばない。

「部費、八戒に預けたろ?」
「あ。そっか……それで私と八戒さんが仲良くなったって、普通に気が付きますよね」

 三ツ谷くんの言葉で謎が解決され、頷きを返す。私はとことん頭の回転が悪い。それに比べて三ツ谷くんは点と点を繋げて線に結び付けるのが上手だなぁ。こういう所も尊敬するうちの1つ。

「あん時、みょうじさんのこと見てた」
「えっ?」
「俺の教室前まで来てくれてたろ? それなのに、八戒と会話しただけで帰っちまった」
「そ、れは……」
「俺、すげぇ嫉妬した」
「……えっ?」

 私の頭の回転は悪い。三ツ谷くんの言葉は、その鈍い頭をさらに鈍くする言葉だった。嫉妬って私が柚葉さんにしたあの感情? それをどうして三ツ谷くんが? え、もしかして私に? いやそれだとどうにも話の筋が通らない。私の解釈違いでなければ三ツ谷くんは八戒さんに嫉妬したということだろうか。

「ちょっとしたことでも良い。些細なことでも良いから話したい、一緒に居たいって思う相手が、別の誰かと親しく話してる姿見て、嫌だって思っちまった」
「……それは、」

 まるで私の感情そのままだ。私に似た感情は一体誰のモノ?

「……俺は不良で、喧嘩だってよくする。そのせいで自分の大事な人も巻き込んじまうことだってある。それなのに、その大事な人を俺はちゃんと守れんのかってずっと考えてた」

 前に2人きりで花火をした時と似たような言葉を言う三ツ谷くん。あの時はそれでも私の言葉が嬉しいとも続けたハズ。あの時は三ツ谷くんの言っている意味が良く分からなかったけど、今ようやく点と点が線になった気がしている。

 でも、この解釈って本当に正しいんだろうか。私の希望的観測が入ってるんじゃ……?

「でも、弱いクセして自分の彼女を必死に守ろうとしてるタケミっち見てたら、俺も言い訳重ねてる自分がダセェって気が付いた」
「その……私の勘違いかもしれないんですが……。私なんか……柚葉さんみたいに綺麗でもなければ強くもないし……それに、ルナマナちゃんみたいな可愛さも、エマちゃんみたいなスタイルの良さもないし……その……「オイオイ。あんま俺の好きな女のことけなさないでくれよ」……っ」

 自惚れないようにしているのに、三ツ谷くんはこんなこと言って私を黙らせる。……とことん私のことを自惚れさせたいらしい。

「……ほんとうに、意地悪ですね……三ツ谷くんは」
「えっ、好意を伝えただけなのに?」
「……その“だけ”がどれだけ大きなことか理解してますか??」
「いや……まぁ。それなりの覚悟は決めたつもり」
「私に、好きな人から告白をされる覚悟はさせてくれないんですね」
「えっ?……それって……」

 目を見開いて私を見つめる三ツ谷くん。え、逆にそんなに驚きます? 私、結構好きって気持ち駄々洩れてた気がするんですけど。あぁ、そっか。三ツ谷くんはそういう人なんだった。

「私もずっと三ツ谷くんのことが好きでした」
「まじか……うわ……まじか……」

 ちょっと待ってな。理解するわ。えっと、俺はみょうじさんが好きで、みょうじさんも俺のことが好きで……え、ってことは両想い? え。え。

 三ツ谷くんは私に待ったをかけた後、こんな言葉をうわ言のように繰り返している。こんな三ツ谷くん、初めて見た。……こんなにきゅんとくる表情をさせているのは紛れもない私で。あぁどうしよう。すっごく好き。

「……っ! みょうじさん!?」

 好きという気持ちが溢れて思わず抱き着くと、一瞬だけ腕を強張らせた後、直ぐに腕をぎゅっと私の背中にまわして応えてくれる三ツ谷くん。あぁ、もうずっとこうしてたい。

「タケミっちさんに感謝しないとですね」
「タケミっち?」
「はい。三ツ谷くんの背中を押してくれてありがとうって」
「あぁ。……そうだな」
「……東卍の皆さんや、安田先輩たちにも報告しないとですね」
「どうせすぐバレるんだろうけどな」

 確かに。明日にはバレると思う。それで散々冷やかしを受けることも想像がつく。でも、それで良い。だって、三ツ谷くんと両想いになれたんだから。

「好きだよ、みょうじさん」
「私も、三ツ谷くんのことが好き」

 これからは2人で色んな“好き”を紡いでいけたら良いな。そんな思いで三ツ谷くんの背中に回した腕に力を籠めると、まるでお返しだと言わんばかりに三ツ谷くんの腕にも力が籠められた。
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