出会ったその日から
 学校という組織はどうしてこんなにも全校集会が好きなんだろう。“今日から新しい学期が始まるが、気を引き締めなおすように”とか、“夏休みでダラけた気持ちを引き摺らないように”とか。どこを切り取っても同じような言葉しか浮かんでこないのなら、集会なんて開かなければ良いのに。そんな気持ちが夏休みをたっぷり堪能し、ダラけた私の体を渦巻く。かといって初っ端から授業を開始されても困りものだ。ならばこの大半が宇宙を見るような表情で呆けている空間に居る方が恵まれているのかもしれない。いやでもボーっとしているだけなのもそれはそれでキツいものがあるしな……。どうしたものか。
 結局、集会で話された内容なんて1ミリも入ってくることもなく。どうにか終わりを迎え、今日はこのまま帰るだけだと喜びを噛み締めていた時。

「放課後ご飯食べ行かない?」
「最高。甘い物食べよ。脳使って疲れちゃった」
「どこに脳を使う場面があった??」
「生きているだけでフル稼働」
「間違いな――わっ!?」

 友達と話すことに夢中になって前をよく見ていなかった。明らかに私の前方不注意だ。突如として体に走った衝撃を受け止めることも出来ず、私の体は進行方向とは逆に弾かれ視界が揺れた。あ、倒れる――。やけにスローに感じた数秒は、俗にいう走馬灯なのかもしれない。そんな風に思っていると「ごめん、大丈夫?」という言葉が耳に届いた。
 私ではきっと受け身は取れない。背中を強かに打ちつける覚悟もしていたのに、その衝撃は思っていたものとは違い、左腕を引っ張られるような感覚だった。そして、耳に入って来た声は落ち着きのある、低く、心地良い声。その声に引っ張られるようにギュっと瞑っていた目を開け下から上へと視線を動かす。スラリとした足に、よく見るとしっかりと付いた筋肉、そしてその背丈に対していささか小さすぎるのでは? といえそうな程小さな顔に眠そうな瞳と、その瞳を強調するかのようなフワフワとした黒髪の男子生徒が居た。
 私の全身全霊ノーブレーキアタックを受けたにも関わらず、その男子生徒は動じることなく、それどころかガッチリと私の左腕を掴み支えてみせた。それを理解した瞬間、掴まれた腕を中心にビリビリッ! と電撃が走り、その衝撃は体を駆け巡って心臓を撃ち抜いた。王子様――。

「大丈夫?」
「え? ……あ、ハイっ! すみませんっ!」
「こっちこそゴメンね。ぼ、先輩に呼ばれて気を取られちゃってた。怪我はない?」
「ダイジョブ、です……」
「なら良かった」
「あ、ああの! おおおお名前「おー! あかーし! 居た居た! 探したんだぞー! これから練習行くよな? な?」
「木兎さん。まだこれから各教室に戻ってホームルームがあるでしょう。すぐに練習は無理です。大体、体育館に来てもまずは片付けと掃除があります」
「えー! どうせ俺らが練習始めたら汚れんだし……終わってからで良くねーか?」
「そういう怠けた気持ちが怪我に繋がるんです」
「かぁ〜! お前は母ちゃんか! でも確かにそうだな!」

 名前を訊こうと思ったら、突然現れたグレーと黒のグラデーションをした髪をツンと逆立てた背の大きな男子生徒に連れ去られてしまった。でも、“あかーしさん”“これから体育館を使って練習をする”この2つの情報が知れただけでも大収穫だ。

「……ごめん、私やっぱ今日ご飯パス」
「急にどうしたの?」
「することが出来た」
「すること?」
「王子様探し」
「はぁ?」
「しちゃったんだよ。一目惚れってヤツを」
「……マジで?」
「うん。マジで」

 一目惚れなんてしたことなかったけど、案外簡単にしちゃうものなんだ。そんなことを思いながら、昨日までは始まるな始まるな……と念じ、天に祈りを捧げてまで止めたかった新学期の開始を、私は一気に楽しみに感じていた。
 top next



- ナノ -