撃たれた未来は仄暗い
未来とは高校で出会った。1年2年と同じクラスで過ごし、それなりに話す間柄だった。
いつの間にか私たちはお互いの事を未来、なまえと下の名前で呼び合うようになっていた。何年生の頃とか、どのタイミングでとか覚えていない。気が付けばそうだった。
未来とは常に行動を共にする程の仲の良さではなかった。グループも違ったし、普段はあまりつるむような仲ではなかった。
それでもふとした時に2人になることがよくあったし、そうやって不意に2人きりになったとしても別に気まずくなることもなく、ゆるやかに2人を過ごしていた。波長が合っていたのかもしれない。
だけど、決して踏み込んだことを聞いたり言ったりするような間柄でもなかった。誰が好きとか、何が嫌いとか。1度も話したことはなかった。
私達は友達とすら呼べない不思議な関係性だったと思う。多分、未来も私のことを深く知りたいと思っていなかったと思う。それは未来にしか分からないことだけれど。多分、私と同じ。
そんな未来が前に1度だけ呟くように言っていた言葉がある。
――あたしは人が撃てないんだ
と。悲しそうな声だった。
でも、私にはそれを悲しいと思う感情が理解出来なかったし、理由を知りたいとも思えなかった。だから未来の嘆きに対して生返事しか返さなかった。未来も曖昧に笑うだけで、それ以上のことは語らなかった。
もしあの時、未来の言葉の続きを促していれば。私は今、こんなにも悲しい気持ちにならずに済んだのだろうか。
未来が消えたのはそれから数ヶ月後のことだった。春休みを終え、新しくなったクラスメイトの中に当たり前のように存在していた未来。その姿はひと月もせずにある日突然なくなった。
5月2日、天気は雨。とても良く覚えている。あの日は未来も犬飼くんも学校に来ていなかった。だからはじめはボーダーの仕事で公休なのだと思った。
次の日は未来だけが学校に来ていなくて、犬飼くんは普段通り登校してきた。そして彼は振る舞いや言動、全ていつも通りを装っていた。だけど、犬飼くんの様子がいつもとは違うことは直ぐに分かった。時折伏せる瞳があの日、未来がしていた瞳と同じだったから。
そして未来はそのまま学校に来ることはなく、私の前からパッタリと姿を消した。未来がボーダーを辞めて学校も退学したというのを聞いたのは噂を伝ってだった。
未来が居なくなって数週間経った頃。日直仕事で1人教室に残っていた私に犬飼くんが声をかけてきた。
「みょうじさんさ、鳩原と仲良かったよね?」
「えと、」
場違いに跳ねる心臓を押さえつけながら、否定でも肯定でもない返事をする私。犬飼くんは私に背中を向けて黒板消しを黒板に押し付ける。
「何か、知らない?」
「なにか、って?」
「前の日まで全然普通だったんだ。俺の誕生日だったから隊の皆で焼肉行ってさ。普通に別れて、普通に寝て。そんで起きたら鳩原ちゃんは……」
黒板消しが半端な位置で止まる。残された白い文字だけがその存在をハッキリと主張し続けている。
「……知らない」
犬飼くんの言葉に嘘偽りのない真実を返すしかない私の無力さを、未来が聞いていたらどう思ったのだろうか。あの時の私と同じようにただ適当な返事を寄越すのだろうか。
「……そっか。変なこと訊いちゃってゴメンね」
顔だけこちらに向けて微笑みを向けてくる犬飼くんに私は唇を噛み締めるしかない。
「私こそ、力になれなくてごめん」
残された白い文字が犬飼くんの手によって抹消される。その手は力なく、重力に抗うのを辞めたように見えた。
「鳩原ちゃんは俺たちが居ないと駄目なのに……」
犬飼くんが小さな声で吐き捨てた言葉。でも私にはそれが“未来が居ないと駄目だ”と言っているように聞こえて胸が苦しかった。
犬飼くんが私を悲しませているんじゃないし、私が彼を悲しませている訳でもない。あくまでも未来が、私達を使って間接的に悲しませている。私は犬飼くんにとってあくまでもパイプ役でしかない。私を通して未来は犬飼くんに悲しみを与えるのだ。
未来は色んな人の未来を奪った。撃てないと嘆いていたたクセに自分の姿を三門市から消すことで色んな人の心を撃ち抜いたのだ。
未来はどんな思惑があったのか。
私たち残される者に対する復讐なのか、それとも自分自身に対する救済措置なのか。
何も分からないし、やっぱり知りたいとは思えない。
私たちは良く話す間柄であったとしても友達では無かったのだから。
「未来、元気かな」
「さぁ。どうだろうね」
犬飼くんに問うた言葉はどちらにとっても救いの言葉では無い。
私の未来はもうすっかり暗い。
2019.4.4 一部訂正