おとなをかじる

 私は城戸司令の補佐としてボーダーに在籍している。城戸司令はボーダーの中で最も高い地位に位する人物だ。その城戸司令を補佐するというのは、並大抵の仕事とはいえない。

 激務に次ぐ激務だ。いつ門が開くか分からない三門市では安易な休息は中々得られない。城戸司令も“ちゃんと休んでいるのか?”と問うのが愚問だといえるくらいにはいつも姿をボーダーに置いている。
 
 周りからすれば私の仕事はブラックなんだろう。けれど、私なりに休息もきちんと取り入れているつもりだし、なによりこの仕事を選んだことを後悔していない。むしろ誇りに思っている。……なのに。

「別れよう」

 私にとって安らぎを求められる相手は皆こうして私のもとから離れていく。「仕事ばかり優先するのが耐えられない」「いつ死んでもおかしくない仕事なんて今すぐ辞めろ」そんな言葉を浴びせられ続けた。

 この街を守っているのはボーダーなのに。どうしてそんな言い草が出来るのか、心の底から不思議でならない。それも、今回の交際相手は同じボーダーに属する一般職員だったのに。結局今までの交際相手から言われた言葉と似たような言葉で別れを告げられた。

 喫煙室で呆気なく恋の終わりを迎え、まだ半分くらい残っている煙草をすり潰す。……皆、どうして私を理解してくれないんだろう。こんなに一生懸命にやっているのに、どうしてそれを認めてくれないの。……あぁ、もう。

 込み上げるイライラを髪を掻き揚げることでどうにか抑え、ふぅっと短く息を吐いて部屋を出る。休憩タイムは終わりだ。仕事に戻らねば。

「またフラれたんスか〜?」
「何してるの。ここ、喫煙室よ」

 喫煙室の壁に背中を預け、両腕を体の前で組んでいる少年に鋭い声を浴びせるが、目の前の彼はそんな声なぞどこ吹く風という様子で私を見て笑う。

「別れた後のなまえさんってマジで分かり易いっスよね」
「そんなことない」
「え、自覚ナシ? 相当空気暗ぇよ?」
「そ、んなこと……」

 ない、とは言えなかった。実際、今現在気分は優れていないのは確かだし、それを彼は明確に言い当てているのだから。スナイパーの目は確かということだろう。

「でもなまえさんって絶対泣かないっスよね」
「当たり前じゃない」
「泣きぼくろあんのにな」
「ちょっ、当真くっ、」

 壁から背を離し、彼本来の背丈から瞳を打ち下ろされる。そうして迫ってきた当真くんはあろうことかそのまま私を反対の壁まで押しやり、明らかに近い距離で私の瞳を覗き込んでくる。

 スナイパーの目は鋭い。何もかもを見透かしているようで、その目を見つめ返すのが怖い。

「こっち見ろよ」
「嫌よ」
「強がってんの? 今にも泣きそうなクセに?」
「っ、」

 彼は本当に18歳の少年なのか、甚だ疑問である。こんなに色気タップリな男性は今まで付き合ってきた男性の中で1人も居なかった。耳元で放たれる低い声に、悔しいくらいに心臓は脈数で気持ちを返す。

「じゃあ、泣かせてよ。……私のこと」
「おぉ、結構良いもんスね。……大人の女性の誘い方、最高」

 笑いながら唇を近づけてくる当真くんにどの面下げて言ってるんだと、そう言い返したかったが、文句の言葉は全て彼の唇の中へと仕舞い込まれていく。

 何歳も歳下の当真くんに何も出来ない自分が腹立たしい。文句も悲しみも思考も呼吸さえも。簡単に奪ってみせる当真くんが恨めしくて、目尻に溜まった涙には気付かないフリをして、自分からも求めるようにして当真くんの唇にかぶりつく。

 それが薄目を開けて私を見つめる当真くんの手中だということに気付きながら。

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