not AI but love

 みょうじがサイドエフェクトが嫌いだと口癖のように言いだした。みょうじ本人はエフェクトを持っていないし、なんならボーダーに所属している訳でもない。それなのにどうして――そう考えて浮かぶのは共通の友人であるカゲの顔。

「カゲってちゃんと話してみると良いヤツだよね」

 ボーダーのスカウトによって県外から転校して来たオレに1番はじめに親しくしてくれたのがみょうじだった。
 みょうじはオレのサイドエフェクトについて「え 試験勉強しなくて良いの!? なにそれ! 超羨ましい!」と屈託のない好意で受け入れてくれた。理由はどうであれ、自分自身が疎ましく思っているものを肯定されるのはどうしようもなく心が救われる思いがした。

 それからボーダーで出来た友人とみょうじがオレを介して接点を持ち、みょうじがボーダー関係者と関わることが日常となった頃のとある帰り道。みょうじが前を歩くカゲを見ながらそう言った。

――あぁ、そうか。みょうじはカゲが好きなのか。

 オレには“強化睡眠記憶”のサイドエフェクトがある。みょうじのその言葉は一生取れることのない、刻印のようにオレの脳に刻まれた。
 友人同士うまく行くことは喜ばしいことだと思い、人知れずオレの中に芽生えていたみょうじへの想いを摘み取りみょうじの恋を見守ることおおよそ2年。

「サイドエフェクトなんて大嫌い」

 前は羨んでくれたのに。半年くらい前からみょうじはサイドエフェクトを忌み嫌いだした。理由を探ってみても、記憶の中にそのキッカケとなりうる事柄は該当しない。オレの居ない所で何かあったのだろうと考えを巡らせると浮かぶのが冒頭の人物。

 カゲと何かあったのだろうか。野次馬心が顔を覗かせるがその度にその気持ちを押し殺す。もし、カゲと何かあった――それがフラれてしまった とかならみょうじはどんな気持ちでそれをオレに話すんだろう。辛い思いをさせたくなくて、みょうじがエフェクト批難をする度「そうか」と頷くだけに留めている。

 そうはいっても、友人同士の話だ。どうしても気にはなってしまう。人の気持ちを察することに自信はないけれど、みょうじとカゲが不仲に陥っている様子は感じ取れない。それが余計に謎を呼ぶ。

「鋼、カゲと自販機行くけど一緒に行かない?」
「あぁ……いや。オレはいいよ。さっき買った分があるし」
「でもそのペットボトル、もうほぼ空だよ?」

 指摘された通り、オレの手にあるペットボトルは1口分も残っていない。これで喉を潤そうとするのは難しい。それでも、みょうじとカゲが2人で過ごす時間を邪魔したくない。その思いで普段から意図的にカゲとみょうじが2人きりになるように仕向けている。3年生になって穂刈も一緒になってからはそれも難しくなってしまったが。

「……今は喉乾いてない」
「ふぅん? ね、ちょっといい?」
「? あぁ」

 我ながら言い訳がましいとは思った。でも、みょうじがムッとする程のことだろうか?眉根を寄せてオレを廊下に呼びつけるみょうじを見つめても、みょうじが怒る理由が分からない。現在進行で起こる出来事に対するオレのエフェクトは、とことん役立たずだ。



「ずっと思ってたんだけどさぁ。どうしてカゲと私を2人きりにさせたがるの?」
「それは……、」
「私が前にそれっぽいこと言ったから?」
「……あぁ。だから協力しようと、」
「ハァ……。 やっぱ私、サイドエフェクトなんてだいっきらい」
「?」
「そりゃ勉強しなくていいのは魅力的だよ? 今でも羨ましいよ? でも、嫌い」
「……すまない。少し、意味が」

 どうやらみょうじは自販機に一緒に行こうとしないことを怒っている訳ではないようだ。それどころか、またしてもサイドエフェクトに対する不満を口にする。その口ぶりは“オレの”サイドエフェクトを嫌っているようでそうじゃない。……複雑過ぎて理解が追い付かない。素直にそれを口にするとみょうじの口から今度は深いため息が落とされた。

「大体さぁ。カゲのこと、恋愛対象として見てたら私とカゲ、こんな風に付き合えてないから」
「……確かに。カゲもサイドエフェクトあるしな」
「そう。だから、鋼がくっ付けようとしてくれてもくっ付けないんだよ」
「なるほど。それはすまなかった」

 オレがやっていたことはありがた迷惑だったということか。それはみょうじとカゲに悪いことをしてしまった。みょうじが怒るのも無理はない。そういう申し訳ない気持ちと同時に胸が弾みだす。

 オレはずっと、みょうじが好きで、その気持ちを隠してきた。だけど、みょうじはカゲが好きなんだとあの日、学んでしまった。もう消えないと思っていた刻印がみょうじによって消されたのだ。そのことを喜んでしまうオレはなんて自己中心的なんだろう。そう嫌悪する気持ちもあるが、どうしてもそれ以上に歓喜する気持ちが勝ってしまう。

「ごめん、みょうじ」
「そんな謝らなくていいよ。分かってくれればそれで」
「これはまた別の謝罪だ」
「? 今度は鋼のが意味分かんない」
「そうか?……そうか、そうだな。ごめん」
「あ、また謝った!」
「ごめ――あ」
「アハハ! 鋼困ってる!」
「わ、悪い」
「それ言い方変えただけじゃん」

 ケラケラと笑うみょうじの顔。なんだか久しぶりに見た気がする。やっぱり、みょうじの笑った顔は素敵だ。

「ねぇ。ジュースさ、カゲもう先に行っちゃったし……2人で行かない?」
「あぁ。そうだな」
「うん! 鋼は何が飲みたい?」
「そうだな――」

 オレの返事を聞いたみょうじはまたしても屈託のない笑みを真正面から届けてくれる。人の気持ちはいくらサイドエフェクトがあったって見えないもので、難しい。

 だから、これからは勝手に学習なんてせずにちゃんとみょうじと向き合ってみょうじに教えて貰おう。

BACK
- ナノ -