喧嘩両成敗

 迅と付き合っていても、喧嘩はする。むこうは超感覚のサイドエフェクトを持っているのだから、こうなる事は見越せる筈なのに。頻繁に喧嘩をしてしまうのは一体どちらに原因があるのか。

 今日もつまらない事で喧嘩をした。どっちが悪いかと聞かれれば、多分私だ。迅はそのサイドエフェクトでボーダーに物凄く貢献している。迅が居ないと困ると言ってもいいくらい。だから、迅は私みたいな普通の隊員とはスケジュールだって違う。倍くらい忙しい。それでも、私にとっては唯一無二の彼氏だ。私だけの時間だって欲しい。そんな我儘を迅に突き付けて、困らせて。思い通りにいかない事に、子供みたいにイライラして。挙句の果てには玉狛支部から逃げ出して。その結果、雨の街中を彷徨う羽目になっている。全部、自業自得。

「あれ、なまえちゃん?」
「……来馬さん」
「どうしたの傘も差さないで!」

 玉狛から行く当てもなく彷徨っていると、どうやら鈴鳴支部近くまで来ていたらしい。偶然通りがかった来馬さんが私を見つけるなり、慌てて傘を差し出してくれる。

「傘、来馬さんが差して下さい。私なんか今更なんで」
「確かに、それだけ濡れてたら風邪引くのも時間の問題かもだけど……。玉狛まで送ろうか?」
「……大丈夫です。どこかそこら辺で時間潰します」
「でも……、見た所手ぶらみたいだけど。お金あるの?」
「……」

 黙り込んだ私を見て来馬さんは事情を察してくれたらしい。静かに息を吐いた後、「だったらウチにおいで」と優しく諭すように案内してくれた。



「なまえさんびしょ濡れじゃないですか! 一体どうしたんですか?」
「あれ、なまえさん?」
「今ちゃんごめんけどタオル持ってきてくれる? 鋼はお風呂沸かしてきてくれるとありがたい」

 鈴鳴支部に着くなり、来馬さんが隊長らしく結花ちゃんと村上くんに指示を出す。2人はその指示に素早く応じ、動き出す。私はそんな2人をぼーっと眺める事しか出来ない。

「迅くんに連絡……は今は止めとこうか」

 濡れた体で座る訳にもいかないと思い、突っ立ったままの私に来馬さんは椅子に座る様に促してくれる。タオルを敷きながら「これなら良いだろ?」と微笑まれ、ようやく腰掛けると満足そうに頷く来馬さん。来馬さんの一挙一動が良い人のそれだ。

「色々と、すみません」
「気にしないで。なまえちゃんが鈴鳴に来てくれるとぼくも、今ちゃんも鋼も、太一も嬉しいし」
「……私も来馬さんくらいの器が欲しいです」
「俺は全然。そんな男じゃないよ。ただ、目の前で困ってる人が居て、力になれそうだったから、そうしただけだよ」
「来馬隊の皆は良い人ばかりで、居心地が良いです」
「はは。それは嬉しいな。いっその事ウチに来てくれるともっと嬉しいんだけど。なんてね。……さ、お風呂沸いたから、入っておいで」

 村上くんにお礼を言って、結花ちゃんから着替えの洋服を借りてお風呂場へと向かう。……鈴鳴に転属すれば、私は迅とは簡単に会えなくなる。でも、もしかしたらそっちの方がお互いにとって良いのかもしれない。簡単に会えない方が迅と会える時間をじっくり堪能出来るのかもしれない。



「お湯加減はどうでしたか、なまえさん」
「じ、迅っ!? どうしてここに……!」

 色んな事を考えすぎて、少しのぼせ気味になりながらお風呂から上がるとそこに迅の姿があって目を見開く。

「やー、実はさっきなまえがお風呂入ってる姿が見えたから。迎えに来た」
「だ、だからって脱衣所まで来ないでよ! ちょ、後ろ向いて!」

 迅がここに居る事に驚くけれど、まずは迅を後ろに向かせることが先決だ。そう思って声を荒げると「えー、今更でしょ」なんて拗ねた事をぬかす。大体、このシーンが見えてたなら、そうなる前までの事だってどうにか出来たんじゃないだろうか。

「……なんで、迎えに来たの」
「だって彼女じゃん」
「……、」
「なまえが怒って出て行ったのは俺のせいなんだから、俺がどうにかしないと。でしょ?」

 温まり過ぎた体を冷ましながら迅の言葉を聞く。お風呂に入ったおかげで幾分かクールダウンも出来た。

 迅は忙しい。私たちが知らない所でも、誰かの為に暗躍している。そんな迅が私との痴話喧嘩の為に時間を割いてくれている。その事が凄く申し訳なく思えてきた。…時間を割いて欲しいって思ったり、割いてくれると申し訳ないって思ったり。私はどれだけ子供なんだろう。

「……ごめん。迅」
「いやいや。俺がなまえに寂しい思いさせてるのが悪いんだし。それに、なまえとこうやって言いたい事言える方が俺だって気が楽なんだ。忙しい俺の為を思って言いたい事我慢されちゃ、俺はなまえの持ってる寂しさを受け止める事も出来ない。だから、どんだけ未来視が出来ても、よっぽどの事じゃない限り、俺はなまえとの喧嘩は阻止しない。そこだけは対等でいたいし。ちゃんと、向かい合っていきたいからさ」
「……迅」

 迅の言葉に感極まって、その背中に抱き着く。やっぱり、私は迅が好きだ。迅の側を離れたくなんて無い。こうやって迎えに来てくれる所だって大好き。

「おわっとー。なまえちゃん今自分がタオル1枚って事お忘れなくー」
「あっ、」

 迅の言葉に慌てて体を離すと肩を揺らしながら「言わなきゃ良かった」と冗談めかす。その背中を軽くはたいて着替えを手にすると、そこには見慣れた自分の普段着と下着が用意されていた。

「着替えを持っていった方が良いって俺のサイドエフェクトがそう言ったから、持ってきたけど。正解だったな。こっち来た時、来馬さんが対応してくれたんだけど、来馬さんが真っ赤な顔して女性下着買ってる姿が見えてさ」
「……後で謝らなきゃ」
「だな。俺も、もう1回謝るよ」
「うん、一緒に謝ろう」

 迅が持ってきてくれた着替えに袖を通し、迅の下へと行くと迅の足の間に座らされる。そのまま私の髪をドライヤーし始める迅。その手が撫でるように優しくて、私はその心地良さに目を閉じる。この居心地の良さは別格だ。迅の側じゃないと味わえない。閉じていた目を開けると鏡越しに迅と目が合う。

「悠一、大好き」

 ドライヤーの音で声は届かなかったかもしれない。でも、迅が笑っているから、私の気持ちはちゃんと届いた筈だ。

* * *


「俺も、なまえの事好きだよ。鏡越しに自分の着替え見られてたって事に気が付いてない所とか。可愛くて大好き」
「なっ!? 見えてたなら言ってよね!?」
「いやぁ、こればっかりはサイドエフェクトじゃどうしようも」
「サイドエフェクト使わなくても防げるでしょうが!」
「ははは。まぁまぁ」
「笑いごとじゃない!」

 迅と付き合っていても、喧嘩はする。超感覚のサイドエフェクトを持っているんだから、こうなる事は見越せる筈なのに。頻繁に喧嘩をしてしまうのは一体どちらに原因があるのか。

「迅の馬鹿!」
「あー、怒ってるなまえも可愛い」

 それは多分、どちらにもあるんだろうね。

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