ここが分岐点

 嵐山隊はボーダーの隊の中で1番忙しい。広報の仕事を請け負い、さらには入隊式の指揮までこなしている。その仕事量も比例するように膨大だ。そしてそれだけの仕事量をこなすという事になれば、本職である防衛任務等にも影響が出得ると考えた上層部は、嵐山隊が広報部隊になると決まった段階で、嵐山隊専属の一般職員を配置する事にした。それが2年前の事。そして、その頃丁度ボーダーに就職した私に白羽の矢が立てられた。

 それから嵐山隊と共に過ごし、私はものの見事に嵐山くんに惚れてしまった。まぁあれだけ近くに居て、好きにならない方が不思議だと、私の中で私が叫んでいる。



「今日も嵐山くんが格好良かった〜!」
「あー出た出た。その話じゃ酒のツマミになんねぇよ。やめやめ」
「私メディア対策室にある嵐山くん等身大の人形欲しいんだけど。太刀川どうにかしてよ」
「……まじ?」

 私が居酒屋でお酒を流し込みながら話す内容と言えば大体嵐山くんについてだ。まぁでもそれは、相手が太刀川の場合に限り、だけれど。私も一応同じ隊に属している人間なので、仕事場では気持ちをひた隠しにしている。だから、他の人にはバレていないと思う。

 じゃあ何で私の気持ちが太刀川にはバレてしまっているのかといえば、それは私と太刀川が高校時代の同級生だからという単純な理由だ。



「みょうじ、ボーダーに就職決まったんだってな」
「うん。内定貰った。私戦ったり開発したりとか出来ないから、一般職員としてだけどね」
「噂だけど、ある部隊がメディア部隊として始動するらしい。んで、その隊のサポートとして一般職員が専属でつくらしいんだけど、お前、多分それになると思う」
「えっ、そうなの? 私オペレーターも無理だよ?」
「オペレーターは綾辻っていう有能な人材が既に居るから。普通に雑務関係だろ」
「……なんかその言い方ムカつく。私だって有能だし!……多分」
「尻すぼみしてんじゃねぇか。まぁでもそこの隊長、結構良いヤツだから大丈夫だろ」
「そうだと良いんだけど」
「それにイケメン」
「えっ、まじか! そっか、そうだよね! メディア部隊の隊長になるくらいなんだもんね! 太刀川、その話詳しく! 歳は? 性格は? 彼女は?」
「お前、彼氏居なかったか?」
「……今喧嘩中。だから現実逃避くらいさせてよね」
「あーはいはい」

 高校からボーダーに就職が決まった私と、大学に進学するが、既にボーダーに属していた太刀川。そういう事情から私と太刀川は良く話す間柄だった。そして、その太刀川とそんな会話をした数か月後に、聞かされていた通りの事を上層部から言われ、私は嵐山隊専属一般職員としてボーダーに就職した。

 そしてそれとほぼ同じタイミングで彼氏と別れた。あの時の喧嘩が事の発端で、私たちは上手くいかなくなっていた。だから進路が分かれるタイミングで向こうから別れを切り出された。……そうなる事は予想していたし、どちらが切り出すかくらいの所まで来ていたから、私はその別れ話に同意した。それなのに、私の心は思った以上の深手を負っていた。なんだかんだ言いながら、私はその彼氏の事が大好きだったんだと思う。
 あの頃は日常の片隅に潜む元カレの名残を見つけては涙腺が緩んでいた。仕事中は嵐山隊の皆に迷惑をかけたくなくて、必死で押し込む事が出来ていたけれど、仕事が終わると溜息と共に涙がこみ上げてくる事も多かった。

「……みょうじさん?」
「あ、嵐山隊長……!」
「はは、みょうじさんから隊長って呼ばれるの、なんだか変な感じがします。……出来れば仕事外は呼び捨てにタメ口で話してくれると、こちらとしてもありがたいです」
「……嵐山、くん」

 誰も居ない作戦室でポロリと涙が零れてしまった時、その姿を運悪く作戦室に戻って来た嵐山くんに見られてしまって、慌てて目尻を拭う。絶対に見てた。だけど、嵐山くんは私の涙には触れず、こちらを見ない様にして給湯室へと向かう。

「俺、弟と妹が居るんですけど。すっごく可愛くて」
「……?」

 嵐山くんは給湯室から戻ってくるなり私の前に温かいお茶を置く。そして自分のお茶を手にして私が座るソファの前に腰掛けて、そんな事を言い出す。もちろん、目線は下を向いたまま。

「弟は陸上やってて、妹はバレーしてるんです。2人とも大会で負ける度に悔し泣きして。俺からしてみれば、可愛い弟たちが泣いてる姿なんて見たくないんですけど。それでも、その悔しさを乗り越えた時のアイツ等の笑った顔は世界一良い笑顔だって思うんです」

 だから、みょうじさんもきっと。笑える時が来ますよ。

 そう言って、ようやく私と目を合わせた嵐山くんがくしゃっと笑ってみせる。その笑顔を見て、ときめかない方がおかしい。そうして私はその日から嵐山くんに心を奪われ、その魅力にずるずると引きずり込まれていき、今日に至る。

 太刀川には今でも仕事面での相談に乗ってもらっている。そうなると必然的に嵐山くんの話も出てくる。そうして早々に私の気持ちを見抜いた太刀川と、太刀川には隠せないと踏んだ私の間が、私の気持ちの捌け口となっている訳だ。




「今日も嵐山くんが格好良かった〜!」
「あー出た出た。その話じゃ酒のツマミになんねぇよ。やめやめ」
「私メディア対策室にある嵐山くん等身大の人形欲しいんだけど。太刀川どうにかしてよ」
「……まじ?」

 お互い成人を終えた今となっては場所も居酒屋へと変わり、口に運ぶもの、入れるものも変わった。お酒が入ると私の気持ちは普段以上に口から出ていく。だから、ボーダーの人と飲み行く時は太刀川以外の時はアルコールは摂取しない事にしている。

 その反動で太刀川と飲む時はこうして私の本音がボロボロと零れてしまうのだ。

「お前は他に何か話す事無いの」
「ない! だって、この気持ちは太刀川以外には言えないし……。太刀川にしか言えないの!」
「……はぁ」

 太刀川が何度目かの溜息を吐く。だって、仕方無いでしょ。嵐山くんが好きだって事は誰にもバレちゃいけないんだから。

「よくもまぁ長年付き合ってる彼女が居る男にそんだけ惚れられるもんだな」
「……好きなんだから、仕方無いでしょ」

 太刀川の言葉ごと飲み込むようにして、ビールジョッキを傾ける。そんなの、好きになる前から知ってる事だし。それでも好きなんだもん。好きになっちゃったんだもん。仕方無いじゃん。

「迅にさ、視て貰ったんだよ」
「何を」
「みょうじの事を」
「は? なんで」

 ビールジョッキをテーブルに置いた私を、太刀川が見つめてくる。なんだか、太刀川に私の未来を視られてるような気がして、ふっと目線を逸らす。それでもなお、太刀川の視線は私の横顔に刺さったままだ。

「迅は“人の恋愛事情にクチ挟むのは俺のポリシーに反する”とか抜かしてたけど。とりあえず視て貰った」
「え、やだ。聞きたくない。言わないで」
「いいや、言わせて貰う。その為に迅から聞き出したんだからな」
「良い! 余計なお世話!」
「お前の未来は泣いてばかりらしい。嵐山にめでたい事が起こる度に、表で笑って、陰で泣く。そんな人生らしい」
「……っ、」
「それはつまり、お前はこの先、一生嵐山とは幸せを共有出来ないって事だ」
「……なんで、なんで今になってそんな事突き付けてくるの。そんなの、分かってる!嵐山くんには結婚を考えた彼女が居るって事も、その彼女の事を自分の家族と同じくらい大切に想ってるって事も、私はその人たちとは違うレールに居るって事も。全部分かってるよ!でも好きなんだもん。仕方無いじゃん!」

 ポロポロと、目から1つ2つ大粒の涙が流れていく。その目で太刀川をキッと睨みつけるけど、太刀川の姿はぼやけてしか見えない。

「だから、俺が仕方無くないようにしたいんだろ」
「……は?」
「このままズルズルとみょうじがその道を進まないで良いように、俺がみょうじの人生の分岐点になってやるって言ってんだよ」
「……ちょっと、意味分かんない」

 太刀川の姿も見えなければ、思考も見えない。太刀川は一体、何が言いたいんだろう。

「みょうじだって、表で笑って、陰でも笑いたいだろ」
「……そりゃ、そうだよ」
「だったら、今が分かれ道だよ。嵐山の事、諦められるように俺も手伝ってやるから。みょうじ、お前、こっちに来い」
「……それは、太刀川隊へのスカウト?」
「馬鹿か。なんでそうなるんだ。大体、俺等の隊に来て貰っても、掃除くらいしかする事ねぇよ」
「……それ、自分で言っちゃ駄目でしょ」
「確かに」

――だから、みょうじさんもきっと。笑える時が来ますよ。

「ねぇ。私、太刀川の事選んだら、ちゃんと笑えるのかな」
「ああ。俺が保証する」

 やけに自信満々に言い切って見せるその姿がおかしくて、私はさっきまで号泣していた事も忘れて笑ってしまう。2回失恋して、2回共悲しくて、涙を流した。だから、3回目の恋くらいは笑い泣きしてみたい。太刀川がそれを保証してくれるというのなら、選択する価値は十分にあると思う。

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