迅さんの副作用が欲しかった

「どうした出水。掃除なんかして。……えっ、今日大晦日だっけ?」

 作戦室に顔を出すなり太刀川さんが俺を見て驚きを顔に浮かべる。慌ててカレンダーを確認するその背中に、俺は「全然違いますよ」と否定しておく。

「じゃあなんで。あ、分かった。ここになまえちゃん連れ込むつもりなんだろ?」
「つもりじゃなくて、連れ込んだんです」

 次に行った太刀川さんの予測は結構近しいものだった。だが、惜しい。答えは“なまえを作戦室に招いた後”が正しい答えだ。

「はぁ? んじゃなんでその後に掃除してんだよ。普通順番逆だろ」
「……ほんと、それ、俺も思います」

 太刀川さんが首を捻って至極当然の事を言う。普通だったら部屋を綺麗にして、その状態で彼女を招くってもんだろうよ、俺。数十分前の自分に深いため息を吐いて、部屋中に散乱するゴミを拾い集めていく。一体どんだけ放っておけばここまで部屋が汚れるんだよ。なんて自分を含めた太刀川隊全員を責めながら。



「柚宇さん居る? 借りてたゲーム返しに来たんだけど」
「悪い、柚宇さん今日は家の用事で来てねぇんだ」
「そっか。じゃあメモ置きして帰ろうかな」

 さっきまで行われていたランク戦の見学を終えて、部屋に戻ってダラダラとしているとなまえが作戦室を尋ねて来た。その場で帰すのもなんだし、となまえを作戦室へと招き入れる。

「なまえの隊今日も良かったな。二宮隊相手に結構追い込んでたじゃん」
「でしょー? 時間切れになっちゃったのが惜しかったけど。あと少しで二宮さん倒せてたかもなのに」

 オペレーター室から戻ってくるなり、俺が座っているソファに腰掛けるなまえ。どうやら直ぐに帰るつもりは無いらしい。俺は別に構わない。むしろ2人きりで過ごせるんだから、嬉しい限りだ。

「今日のログ見るか?」

 隣に座るなまえにそう声をかけると、肩に頭を乗せてくる。「ログも見たいけど、折角公平と2人きりなんだし、ゆっくりしてたい」甘えたような声を出すなまえはすっげぇ可愛い。どう、俺の彼女。やばくね? そう誰かに自慢したくなるが、こんな姿は俺意外には見せたくないので、難しい所だ。

「太刀川さんも解説中になまえの事褒めてたぞ」
「ほんと? やった! 太刀川さんに教えて貰った通りに動けたって思ったんだよ、今日」
「あぁ、言ってた言ってた。“さすが俺の弟子”って」
「公平も思う? “さすが俺の彼女”って」
「あぁ、思う」
「ふへへ」

 腕を絡ませて、手を握りながら嬉しそうに笑うなまえ。どんだけ可愛いんだよ。堪んねぇな。

「公平、」
「ん」

 強請る様に顔を上げるなまえにお望み通り額にキスをする。そこから瞼に移り、口の横に移り、ようやく唇に辿り着いた時には俺はなまえの体をソファに押し倒していた。

「こうへっ、さすがにここじゃ、」
「へーき。唯我も今日は家族でディナーだっつってたし、太刀川さんはあのまま個人戦しに行く筈だから」
「んっ、でもっ、」

 何度か唇を合わせながらもなまえは尚も抵抗する素振りを見せる。どうせそんなつもり無いくせに。現に深く唇を合わせると、大人しく応じてくるのが答えだ。

「はぁ……、可愛い」

 可愛すぎる自分の彼女を前に、むくむくと育っていく己の感情を野放しにしそうになる。どうにかその感情を手懐けながら、なまえの胸元へと手を這わした時。ソファの下からカサリと何かが音を立てた。

「……い、いやあぁぁぁ!! む、無理っ、無理!」
「うわっ、ちょっ、なまえ。お、落ち着け! おちつっ! うっ!」

 その物音の正体を目視するやいなや、なまえが物凄い力で俺を押しのける。そのまま俺に抱き着いてきた行為までは可愛い、と思えた。しかし、その力が強すぎて、抱き着くというよりかは、締め付けられているといった表現の方がなまえの行為は近い。危うく窒息しかけ、どうにかなまえの腕を引き剥がす。

「どこ行った?」
「そっちに、カサカサって! ぎゃっ、出た!! もうヤダ! ヤダ!!」

 ソファを降り、ゴキブリを探す俺にソファの上で縮こまっているなまえが指示を出す。叫び声の方が大きくて、あまり的確な指示は得られなかったが。どうにかゴキブリを退治し、なまえの居るソファに戻ると、なまえからは先ほどまでの甘い雰囲気は消え去っていた。

「……なまえって、虫そんな駄目だったっけ?」
「蟻は平気。小さい羽虫、も大丈夫。でも、Gは別格……」
「G呼び」
「てか、1匹居たら100匹は居るっていうよね……? えっ、てことは私、今もしかして、全方位囲まれてる……?」

 そんな事ないって、と言えれば良かったが、生憎ウチの作戦室はボーダー1汚いといっても過言では無い。なんせ見かねたボーダーが月イチで清掃に入るくらいだ。

「わ、私今日は帰る!」
「なまえ!」

 顔面蒼白になったなまえは駆け足で作戦室から出ていく。汚れた作戦室に1人虚しく残された俺。ゴキブリてめぇこの野郎……。先ほどまで膨れていた欲望が怒りへとすり替わっていく。お前さえ居なければ俺はもっと可愛いなまえの姿を拝めていたのに。絶対許さねぇ。その思いを胸に、俺はゴミ袋を手に立ち上がった。それが数十分前にここで起こった事の顛末だ。



「なるほどねぇ。そりゃご愁傷様」
「って、言ってる側から太刀川さん! ぼんち揚げ溢してますって!」
「あぁ、悪ぃ。出水も食うか? さっき迅に会った時に貰ったんだけど」

 どうやらこの部屋を次なまえを呼ぶ時までに綺麗にしておくのは難しそうだ。……もう絶対、この部屋にはなまえを呼ばない。そちらの方が得策だと思いを改め、俺は太刀川さんが差し出したぼんち揚げに手を伸ばすのだった。

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